認定NPO法人 ゆめ風基金〒533-0033 大阪市東淀川区東中島1-13-43-106/TEL:06-6324-7702・06-6324-7703
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阪神・淡路大震災を機に地震などで被災した障害者を支援する団体。全国の障害者運動と永六輔さん、小室等さんをはじめ各界の多数の方々を呼びかけ人とし、自然災害の被災障害者への救援・支援をつづけています。

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2014.06.21 Sat 被災地訪問記

ゆめ風基金の八幡理事が、月に一度、行っている「被災地訪問」。
以下、皆様へのご報告です。


6月1日(日)
仙台での「とっておきの音楽祭」に被災地の仲間が出ると聞いて、夜行バスを利用して一路仙台へ。
朝に到着して朝食を済ませたのち、会場となる勾当台公園へ向かう。

まずは本部へ行って受付でプログラムをもらう。
仲間がいつ出演するのかチェックしようとしたが、うーん・・・わからない。
なんと30ほどの会場で300団体以上が出演するというプログラム。
なかなか見られない、大きなイベントだ!
しかもバンド名しか載ってないので、仲間がなんというバンド名で出演するのか知らなかった僕には、探しようもない。
リサーチ不足でした。

そういえば、「被災地障がい者センター石巻」のメンバーが、7月26日開催の「みちのくにょっきり祭りin石巻」の宣伝をするのと、「被災地障がい者センター南三陸・奏海の杜(かなみのもり)」メンバーがつくったTシャツを販売するためブースを出していると聞いていたので、まずはそちらへ向かう。
場所はいつもと変わらぬ定位置なので、すぐに見つけ出せた。

センター石巻の箕田さんが、「にょっきりフェスタ」のポスターを並べていると、南三陸のメンバーもやってきて、Tシャツ販売開始。
そうして、出演時間と場所とバンド名確認。
奏海の杜(かなみのもり)のメンバーは、なんと「にこまる48」というバンド名での出演!
楽しみだ。
まもなく「CILたすけっと」の及川さんや菊池さんも登場。
その他、福島のメンバー出演情報もゲット。

ただ郡山のメンバーと南相馬のメンバーの出演時間が同じ・・・。
とりあえず、岩手の難病連の人たちも出るということで、まずは南相馬のメンバー出演会場へ向かう。

その後はいよいよ「にこまる48」の出演会場へ。
「被災地障がい者センターみやこ」のメンバーも来ていて、観客はまずまずの入り。

グラフィックス1


「にこまる48」のメンバーは、そろいのTシャツにフリルのスカートの様なものをつけて登場。
しっかり息の合った踊りを披露してくれました。

当日はめちゃくちゃ暑い日で、3時過ぎに私はバテてしまって、会場を後にしました。


6月7日(土)
岩手県宮古市の商店街で、復興市があると聞き、お手伝い。
ただ、あいにくの雨で、最初は小雨だったものの、準備の間に雨あしが強くなり、テントの準備に入る。
当日は、東京学芸大の宿谷先生が、生徒2人を連れて応援に来てくれていて、学生さん二人がてきぱきと動いてくれました。
また、こういう時の強い応援団・佐々木トモヨさんも販売に参加。

グラフィックス2

宮古市では、商店街が年に2回ほど復興市を開催します。
秋の復興市は、福祉団体のお祭りも兼ねていて、お店だけでなく催しも増えます。
昨年からは、100円市と言うのがメインになっていて、できるだけ100円で購入できる物を販売しています。

「被災地障がい者センターみやこ」では、この市で得た収益が、みんなで月に一回集まる「およれんせの会」の運営費になります。

今日の出し物は、バザー用品で集めた衣類と、漁協から頂いた「わかめ」。
でも、あいにくの雨で、お客さんが少なく、販売は苦戦。

当日は、盛岡の商店街から、ゆるキャラの「開運かなえさん」と「開運たまえさん」も登場。
宮古スタッフは結構喜んでいました。

グラフィックス3


6月9日(月)
「被災地障がい者センターみやこ」スタッフ二人が、代休でお休み。
代わりに私が事務所番をする。

昨年のTRYでお世話になった、秋田の棚谷さんが事務所に寄ってくれる。
今度は、福島県南相馬市でボランティアをするとおっしゃってました。
更に、一昨日の復興市で残っっていたわかめを、全部買い取ってくれました。

センターみやこの事務所を開けていると、3名ほどの障害者が立ち寄ってくれ、いろいろ話せました。


6月10日(火)
朝8時半ころにみやこを出発し、石巻へ。
午後2時過ぎに「被災地障がい者センター石巻」の事務所へ到着。
イベントの打ち合わせで、業者の方と話し合いの真っ最中でした。

イベントの実施会場図面を基に、必要な機材や人員体制などの打ち合わせ。
もともと、55万円ほどの業者への手配料が、頼みごとが増えて130万円余りに膨らんでしまいましたが、この日の打ち合わせで、かなり不要なものを省き、なんとか100万円ぐらいにおさまりそう。

先週土曜日には、イベントの実行委員会があり、、石巻の様々な人と関係が作れていると感じる。
障害児の親、地元障害者団体のみならず、地元の障害者とは日頃縁のないNPOとも関係ができているとのことです。

業者との打ち合わせを見ても、何とかイベントの形が決まってきて、あとはお客さんがどれだけ来るかがカギとなりそう。

僕の方では、「ボランティア同窓会」をするための簡単な打ち合わせをさせてもらい、案内状作成の段取りを決めてきました。
今のところ、予想では、県外からおよそ40名近い人が来るのではと思っています。
この日はこの後、登米へ移動し、宿泊することに。

「奏海の杜」(かなみのもり)のメンバーは、毎日、朝の9時前から夜の7時過ぎまで勤務しているとのことで、体が少し心配になります。
ただ、新たな事業もどんどん動き出していて、7月からは登米の子どもたちの児童デイと相談事業が始まります。
来春からは、登米にあるグループホーム仮設の運営を委託するという方向で検討しているとのことで、人手不足がまだまだ続きそうです。
明日には、新たな方と面接する予定があるということでした。


6月11日(水)
朝、気仙沼市本吉町にある「ケアホームめぐみ」を訪ねました。
代表である菅原さんが3月末で辞め、後任の木村さんがかなり苦労をしたとおっしゃってました。
ゆめ風基金に助成申請のあった「移送サービスの件」でいろいろ話を伺いました。

午後からは石巻に戻り、「被災地障がい者センター石巻」の事務所で「NPO法人障碍児と共に歩む会」の小林さんら3人とお会いし、話をしました。

ゆめ風基金への助成申請は、2年間分の事務所費用をお願いしたいということで、現状を聞いてみました。
・事務所については、何度も探しているが、良い物件は見つかった途端、翌日には借り手が見つかり、なくなっているという状況だということ。
・ゆめ風基金に対しては、申請時の物件はもうなくなっているが、できれば物件を見つけるためにも助成がお願いできないか。
というお話。

今年度からは、一時止まっていた会費も改めて徴収しなおし、会としてきちんと活動をしていきたいということでした。
また、同席した会員の八木さんの家が、ようやく修理が完了したとのことで、パソコン等の備品をそちらにおかしてもらって活動中だそうです。
現状では、物件が定まっておらず、一刻を争う状況ではないが、「障碍児と共に歩む会」の状況を理解してほしいとのことでした。


6月12日(木)
岩手で作成しなおしている「ボランティア名簿」等を、アクセスというソフトに移行するための事務処理などを行いました。

6月13日(金)
田野畑村にいるOさん宅を訪問。
パソコン操作を覚えたいということで、毎月1回、僕が教えているが、メインは、Oさんの話を聞くことにある。
今回、お母さんが入院したことにより、施設にショートステイしたが、帰ってきたらヘルパーが木曜日に来なくなったとのこと。
また、家からほとんど外出できない状態で、つまらないとぼやいていた。

確かに、田野畑村には特に外出できそうな場所もなく(コンビニさえ田野畑村にはない)、彼女のしたいことが見つけられない状態でいるようだ。
パソコンは、月に1回訪問して教えているが、彼女には少し難しいように思う。
今日はipadで少しやってもらったが、パソコンよりはこちらの方が何とかなりそう。
でも機械を購入してまでやるかどうかはまだ疑問。
彼女が、パソコンやipadなどを「すごくしたいかどうか」はまだはっきりとわからない。
もう少し様子を見て、確認をしていく。

ただ、先ほどの彼女が「田野畑村でやる気を持てるかどうか」については、このままではいけないと考え、一度、大阪に来ることを提案。
彼女も「年の初めに大阪へ行きたいって書初めしたけど、本当は自立の練習がしたいのよ」と言っていて、まずは大阪のいろんなCILや自立生活を実践している障害当事者たちと、あちこち行く、なども実現できればいいと思う。


6月14日(土)
「被災地障がい者センターみやこ」毎月恒例の交流会、「およれんせの会」。
朝9時から田野畑村や、「ぶりーぴあ仮設」に住む障害者のお迎えに行く。
昼ごろ事務所に到着。
集まったのは10人ほど。

今日の昼食メニューは、サラダそうめん。
レタスや水菜、トマト、わかめなどをそうめんに乗せ、ドレッシングで食べるというもの。
みんなで調理。

そのあと、簡単な編み機を使ってミサンガづくりを。
女性陣は編み機が気に入ったのか、2つ目の制作にかかってましたが、男性陣は1個作れば満足という感じでした。

また、今年何に取り組みたいかということもみんなに出してもらいました。
午後3時には終了。
ただ、行きも帰りも片道1時間半も移動にかかってしまう。
往復3時間の道のりを迎えと送り、それぞれ車の運転が必要。
かなり疲れますが、みんながこの催しを楽しみにてることを考えると、頑張らなきゃ、と思います。

みやこには、今月末から新人が入るということで、僕が送迎のお手伝いに入るのも、もう少しで終わりかなと思います。
以上。


★震災から3年が過ぎ、被災地は、少しずつ穏やかさを取り戻してきている感じがします。
でも、東北は広いです。
交通機関が限られています。
移動手段が、都会のように整っていない分、外に出る機会が圧倒的に少なくなることも。
「移送サービス」がとても大事になってきます。
しかも、自立生活をしようにも、ヘルパーがいないとか、住める物件がなかなかみつからないとか、買い物や通院時にすぐ
動けないとか、問題は山積みです。
私たちが、まだまだ会えていない障害者もたくさんいると思います。

どこにいても、その人らしい暮らしができる日まで、さまざまな形で支援していきたいと思っています。
(K・N)




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2012.04.18 Wed 4月14日交流会

RIKO(丸本莉子)さん

4月14日(土)交流会
 朝7時30分に大船渡を出て10時前にみやこ事務所に到着。
 午後のプログラムで山田の佐々木留美子さんが出ていたNHK番組を録画したDVDを流そうということになったが、パソコンでは移らず電気屋へ伊藤君が走る。ただ録画していたものがDVD-RAMという記憶媒体で再生するには2万円以上の機械が必要ということでした。1万円以下で買えると思っていたので、今日のために高い買い物はできないと判断してとりあえずは購入を断念。あらためてパソコンを使って再生を試みる。最近デジタル波での放送が始まり、プロテクトがかっていて、パソコンでは再生できないらしい。
 なんとかネットしらべて、とりあえず映像が映るようにセッティングし、私の役目は終了。他のみんなはひたすら調理とここへ来る人の送迎。午前中に今日ボランティアで歌をみんなに聞かせていただけるというRIKO(丸本莉子)さんが到着。昨夜の夜行できたということでした。
 12時開始。少し遅れた人もありましたが、現地の人が16人、スタッフとCILもりおかの人も同じくらいの人数で、30人を超える交流会。
 最初にじゃじゃ麺など食事を開始。採れたてのふきのとうの天ぷらはやはりおいしい。その間に佐々木るみさんの出ていた番組と竹田市立宮城台小学校からお蔵絵r手来たビデオを紹介。
 1時から地元参加者で今後ここでやりたいことを話し合いました。カラオケ、運動会、パソコン学習、手芸などが出てきました。他に家で困っていることを聞くと、施設でいじめられるとか、仮設住宅でやることがなくて暇で困っているというはなしもありました。
 それが終わっていよいよRIKO(丸本莉子)さん登場。21歳の彼女は去年広島から東京へ歌で食べて生きたいと上京したそうです。自身の曲や上を向いて歩こうなど5曲を披露してくれました。途中じゃんけんゲームでRIKOさんの初CD(彼女いわくきっとプレミアがつくそうです)5枚をプレゼント。また彼女の手作りミサンガが地元の人たち全員に配られました。
 3時にはにぎやかな交流会も終了。
 その後川畑さんとTRYについて打合せ。やるかどうかという話はやる方向で固まりました。後は30日の当事者派遣のメンバーとの話し合いで、具体的な準備について教えてもらうことになります。
 6時ごろに送迎に出ていたメンバーも帰り、盛岡に帰るメンバーと宮古に残るメンバーに別れました。
 宮古に残ったメンバーは地元スタッフとご苦労さん会。今後のことについて色々話をしました。
 みやこではどんこというさかなが良く売られてます。ここでもどんこのたたきがあったので、食べてみました。

2012.04.18 Wed 4月11日、12日、13日

4月11日(水)
 昨晩は釜石のAJUの被災地センターに泊まり、電車で盛岡に帰る。
最寄り駅は松倉駅。待合室があるだけの無人駅でパッと見には駅に見えない。
昼過ぎに盛岡事務所に戻り、武田君と打合せ。
 夕方からはふれあいらんど(岩手県総合福祉センター)で「東日本大震災障がい者支援活動推進プラットフォーム会議」に参加。この会議はもともと被災6日後(3月16日)に、県社協障がい者福祉協議会(障がい協)と県知的障害者福祉協会(知福協)が、障がい者施設支援のため「合同支援プロジェクトチーム」を結成したのが発展したもの。この合同プロジェクトで昨年3月19日から被災地の障がい関係者の状況把握、救援物資の搬送、被災施設への人的派遣支援、支援ニーズの把握していたということですが、やはり施設中心で在宅の人や避難所の人への支援はあまりしていない感じがしていました。
 ただ参加団体は広がり今は私たちを含め、岩手県、岩手県身体障害者福祉協会、岩手県重症心身障害児を守る会、日本知的障害者福祉協会、きょうされん、岩手県障がい者110番、全国脊椎損傷者連合会岩手県支部、盛岡市ボランティア連絡協議会、岩手県療育センター、NPO法人難民を助ける会、NPO法人日本セルプセンター、被災地障がい者
センターいわて、全社協全国社会就労センター協議会、JDF東日本大震災障害者総合支援本部、県社協障がい者福祉協議会、岩手県知的障害者福祉協会など17団体が参加している会議であり、昨年はここで色々と情報収集をした部分も大きくありました。
 今年になって国の「障がい者福祉サービス復興支援事業(以下復興支援事業と略す)」がはじまり、今回の会議には復興支援センターの職員7名が会議に加わりました。
他にボランティア団体の連携を図るいわて連携復興センターの方も今回初参加。56回目の会議となり、県内の障がい者団体の参加が少なくなる中、久しぶりに人数の多い会議でした。
 今回は復興支援センターの活動紹介、JDFいわての陸前高田事務所が4月17日に開所することが大きな報告としてありました。復興支援事業は県が県社協に委託をしています。県内9拠点のうち沿岸部は4拠点があり、宮古では被災地障がい者センターみやこ事務所の隣に復興支援センターができました。宮古は県社協の直営ですが、釜石や大船渡は既存の社会福祉法人が運営する形で職員増員をしています。
 相談事業と既存の福祉サービス事業所へのアドバイス、被災障がい者の実態把握、今後の災害に備えた新たな支援マニュアルなどの作成が業務であり、直接支援をするわけではないので、私たちの仕事が減るわけではなさそうです。
 またみなし仮設住宅に入っている障がい者情報も未だ掴めていないこともあり、どういう動きになるかはまだ現段階では良くわからないという感じでした。
 ただ全体状況については今後もこの会議を通じて知ることができるのかなと思いました。
 会議が終わった後も陸前高田の今後の支援のあり方などについてJDFいわての小山(おやま)さんと話をし、19時半に事務所に戻る。
 事務所ではCILもりおかの川畑さんと田野畑村ハックの家の小野ひかりさんと会いに行っていたという西沢さんがすでに戻っていました。小野ひかりさんは将来自立生活がしたいという希望もあり、昨年は盛岡まで自立生活プログラムに参加していました。今回は田野畑村やハックの家がどういうところなのかを川畑さんが直接見に行くことを目的にしていました。

4月12日(木)
東京救援本部世話人会議
 朝9時過ぎに事務所を出発。1時前には着くと思っていたのが、電車の時間がうまくなくて少し遅刻。何とか会議の始まりには間に合いましたが。
 今回の会議は東北6拠点のメンバーも参加し、1年間の振り返りと今後の方針の確認をすることが主な議題。お互いが顔の見える関係で支援を継続していくうえで、重要な会議となりました。
 会議の後に交流会があったのですが、私は世界銀行・JCIA共済パブリックセミナーがあり、世界銀行の東京事務所へすぐに移動。今回の会議は「大規模災害における市民社会の連携を考える」というテーマで、東京、仙台、神戸をインターネットのテレビ電話でつなぐ形式で行いました。
 午後6時から8時までの予定が少し延び、8時20分ぐらいに終了。私は会議の後に交流会に参加できるような時間でなかったので、直接夜行バスで宮古に帰ることにしていました。ただ会議が長引いてバスの発車まで余裕なく、おにぎりとお茶を買い込んで品川バスターミナルに着いたのは発車10分前でした。
 とにかくぎりぎりセーフで一安心。車内でおにぎりを食べたあとは、愛用の空気まくらと空気腰あてを膨らませ、体制を整えた後はただただ寝るだけ。翌朝7時過ぎには宮古に到着。

救援本部東京会議

4月13日(金)
 午前中はあすのみやこの交流会に向け参加者、メニュー、プログラムなど簡単な確認を行い、買出しなどに向かう。午後からはそのほかのことも含めてミーティング。
 交流会のメニュー、メインはじゃじゃ麺。それと地元のふきのとうをとってきて天ぷらにすることに。
 交流会以外のことでは、1年経って活動報告を出そうということになり、被災者の人たちの聞き取りを5月末には終えるよう計画的に進めること。またここに来てもらったボランティアの人にも原稿依頼をし、原稿はできるだけ5月中に集め、6月に編集をし、8月には発行したいということを確認しました。
 また東京の会議でメインストリームの佐藤さんから川畑さんとメールのやり取りをし、TRYの事務局についてCILもりおかで引き受けることが話されたので、その点も明日確認することにしました。
 3時過ぎに会議を終え、みんなは明日の準備、私は大船渡の千葉さんと久しぶりに打合せをすることにしました。夕方5時40分ごろに大船渡の事務所に到着。事務所の向かいにあった建物が取り壊されていて、通り過ぎそうになりました。
 トイレは事務所に併設する形で新たに作られ、ようやく水洗の洋式トイレに。
 今後の予定について伺うと、今の事務所は来年11月で契約更新をしないといわれているので、となりの千葉さんの妻の実家の土地を利用し、事務所のみ引越しをする。障害者の活動場所についてはもう少し高台を予定。知人が山を整地しているので、そこの土地を借りて建てたいとのことでした。
 難民を助ける会も補助については良い感触であり、赤い羽根共同募金からもすでに228万円の補助金が決定しているとのこと。さらに丸紅基金も申請中。事務所は平屋作りにしてあまり費用はかけたくないとのことでした。
 その他リフトカーについて5月末車検の車は大阪に返さなければいけないこと、会計のルールについて、宮古と大船渡の合同会議を開き、東京で新たに担当となった森さんに来てもらうことなどを話しました。
 そのままみやこにとんぼ返りするつもりでしたが、「事務所は今日は誰もいないので泊まって行ったら?」と声をかけられました。千葉さんは少し疲れていて、相手はできないとのことでしたが、夜に沿岸沿いを100キロ近く一人で走行するには少し体力的にも自信がないので泊まることにしました。それと復興屋台村がすぐ近くあると教えられたのが決め手にはなりましたが。
 千葉さんお勧めのすし屋さんに案内してもらい、おいしくて、また地元の人と話をしながら楽しく過ごせました。

2012.04.17 Tue 4月8日から11日まで

4月8日(日)
 今日は全体の活動はお休み。西澤さん、広瀬さんは、地元に帰省中。土曜日の夜に宮古から山下くんと河口くん、ゆうのゆうのボランティアの井上さん、京都JCILの石塚くんが盛岡入り。
日曜は2班に分かれて龍泉洞、遠野などに遊びに行ったようです。私は静かな間に原稿書き。夜になって井上さんの希望で河口君はわんこそばの案内。八幡、山下、石塚は近所のお好み焼きやへ。山下くんのこの間の活動と悩みを聞きながら、今後の山下君の行動予定などについて話しました。

4月9日(月)
 今日は少し寝坊してしまった。8時40分に事務所のシャッターが開いて起床。被災地でこんなに寝ていたのはたぶん初めて。
 入ってきたのは井上さんと宮古の新専従員伊藤くん。宮古スタッフは11時集合なのにすごく早い。
 今日は少し盛岡でみんなで会議。11時には宮古スタッフだけでなく、CILもりおかの川畑さん、遠藤さん、関西からメインストリームの佐藤さん、夢宙センターの平下さんも加わり、会議を開始。現在の課題や東京の事務局会議などの報告。
午後からはCILもりおかの伊五澤さん、JILの足立さん、またネットを利用したSKYP参加で広瀬さんも加わり会議。いわてTRYと障害当事者派遣のことなどを話しました。
宮古の新人スタッフは3人にもTRYのことがわかるように、TRYの歴史から佐藤さんは丁寧に説明してくれました。
今回はバスや鉄道など交通アクセスの改善、復興に当たってバリアフリーのまちづくりを視点に入れてもらうこと、災害時の障がい者支援方法の改善などを目的にTRYを実行します。
宮古の田老から陸前高田奇跡の一本松まで、およそ120キロの行程を10日間かけて練り歩きます。日程は7月29日スタート。基本は野宿ということ。途中3日間ほどは避難所になっていた体育館などを予定。
ただ外部の障がい者が実働の中心を担ってもらえると思っていたら、地元の実行委員会中心でないと、後に残るものがないと佐藤さんから説明されました。
その場合、盛岡を中心にするのか、宮古を中心にするのか、また実行委員長を誰にするのか、実働部隊を誰が担うのかなど、解決しなければならない課題が多すぎます。
すぐには決められないということで、結論を次回4月30日の会議に持ち越し、CILもりおかと被災地で障がい者センターでその間に話し合いを持つことにしました。
何となく遠藤くんを実行委員長にと考えていたのですが、彼が収入を得るために5月か6月頃に仕事が決まりそうということで、この案はボツ。仕事が決まると、土曜、日曜くらいしか関わることができないとのことでした。
ただ盛岡を中心にするには被災地障がい者センターとしては盛岡事務所を閉じるので、かなりの部分をCILもりおかで担ってもらわなければなりません。会議の場所も問題です。
 CILもりおかでは現在の事務所の拡大移転を予定しており、移転先は被災地障がい者センター盛岡事務所にほぼ確定。あとは両者で時期の確認をするだけです。
 5月までで被災地障がい者センターは盛岡の事務所を閉じることで調整することとしました。
 4時になって「そよ風のように街にでよう」の取材で、牧口さん、河野さんもお見えになり、5時までは会議を続行して、いったん区切りをつける。宮古スタッフはここで解散し、宮古に帰ることにする。
その後は取材を受ける傍ら、食事の準備。CILもりおかのメンバーは川畑さんだけが残れるということで、みんなで食事をしました。

4月10日(火)
 午前中は八幡が取材を受ける。
 井上さん、石塚くんは今日で活動を終え、帰路に着きました。
 昼からはメールの整理、原稿書きをして、午後からはAJU自立の家の車(宮城で借りていたもの)を返却にいく。
 八幡はそのまま釜石に泊めてもらいました。

4月11日
 現在の釜石から盛岡へ移動中です。
 今日は少し盛岡で沿岸部障がい者センター支援プラットフォーム会議というのがあるので、参加します。
 なかなか宮古へ辿り着けない。大船渡にも顔出ししたいと思っているのですが。

2012.04.17 Tue 4月3日、4日、5日

少し間が空いてしまいました。
この間の活動報告をします。

4月3日(火) 新人3人目、杉田さんの初出勤。3月のイベントにも出席してくれたので、実質は2日目か?
 その時にはリンゴの唄(赤いりんごに..)を地元訛りで披露してくれた。ヘルパー1級の免許を持っている彼女の前職は老人デイサービス。なるほどと納得。
 また彼女は今年中学1年になる息子と暮らしているが、昨年の震災で家は流され、現在は仮設住宅に住んでいる。仕事をやめたのも、そんなことでバタバタとしていたから。出勤して朝のミーティングが始まるまで、ボランティアのIさんに聞かれ当時の様子を話していました。
 この日は夜のミーティングを朝に切り替えてみようという最初の日。午前の活動が控えていて、テキパキと話は進み30分で足りるかな~と思っていたのが、それより5分早く終わる。
 午前中は定期的に入っているAさんのところに山下さんとボランティアの男性がまず出発。京都JCILの矢吹さんとボランティア3人が、田野畑村ハックの家に見学に。実は先日ハックの家が京都で展示即売会を開いたとのことで、その時に知り合って、今回是非訪問したいと思ったとのこと。こちらとのつながりもあり、話はトントン拍子に進んだらしい。
 新人3人は今後の活動についての話し合い。面接日も含め、新人3人が揃うのは今日が初めて。 杉田さんは親の通院もあり、週3日の希望。これまでは1週間単位に仕事の確認をしてきていて、ボランティアさんにはその都度、仕事を指示していた。
 新たなスタッフについて、毎日仕事のことを細かく指示することはできないので、今年やるべきことを大方知ってもらい、担当できそうなことを暇ができた時にやってもらうことにした。
 午後からは初めての方の移送が入っているが、地元の人でもあまり行かない重茂(おもえ)半島。今日は強風で途中の道が通行止めになってもおかしくないといいながら、とりあえず出発。ほかに夕方田老町の方の透析のための送迎も入っている。

 午後からは仙台に移動。3月で被災地障がい者センターみやぎのスタッフを務めてもらった田中万里子さん、仁礼さん親子が退職したので、今日は二人の御苦労さん会。登米のメンバー2人、石巻のメンバー3人も仙台に集まり、スタッフ内部としては割りと大きな集まりになりました。
 ただ三重の実家に帰っているという太齋さんは暴風のため、飛行機が飛ばず残念ながらの欠席。代わりというわけではありませんが、登米の阿部さんの娘さんが参加していました。みんなと久しぶりにゆっくりと話ができました。宿泊施設の空きがなくなり、私は事務所どまり。なんか1年前とあまり状況が変わりません。

4月4日(水)
 今日も暴風はすごい。9時から朝のミーティング。あまりの風のすごさに、活動はほとんどお休み。10時からはたすけっととしての会議。団体運営のあり方について、色々見直しが必要ということで、私が講師として呼ばれました。
 震災後テレビなどを見たとかで、たすけっとへの相談が増えています。自立生活をしたい人。人工呼吸器をつけた人のヘルパー派遣ができないか、など。事業規模が徐々に拡大をする中で、整理すべき点、課題など今のうちに改善するところは改善しておこうというのが狙いです。
 昼からはとっておきの音楽祭からの相談。今年も6月2日、3日と去年同様とっておきの音楽祭が開かれます。今年の実行委員長は車イスの伊藤清一さん。
 暴風はすごくて、ニュースで○○が飛ばされたの、怪我をしたの、列車が止まっただのちょっと恐ろしい状態。出かけることもあまりできず、今日はこれで終了。(今日も事務所泊です)

4月5日(木)
 今日は風もまだましで、活動再開。センターみやぎの代表及川さんと鴻野事務局長は石巻へ。阿部さんの先輩で車イスの人でパソコンの得意な人がいて、今後機関紙編集などをお願いできないかということで面談。
 私は久しぶりに登米の事務所へ。着いたときは3人のスタッフとワーカーズコープからの研修生の女性一人の4人がいました。この女性は昨年ワーカーズコープの受講生として応募した方で、登米でバックアップもあって、登米市内での起業を目指す。いくつかのグループがあり、彼女のグループは障害者班。全体で8人グループ。8人はさらに喫茶などを業種とするグループと農業を業種とするグループの2つの班にわかれているという。
 少し話をしたところでK君の今後の支援の打合せということで、小野寺さん、阿部さんは出発。太齋さんと今後のことで意見交換をする。
 4月になり高速道路の無料利用がほとんどの部分で終わり、南三陸道もかなり空いていました。それでも夕方5時半に出発し、たすけっとに着いたのは夜の7時過ぎ。及川さんたちはまだ帰っておらず、8時前に帰ってきました。及川さんはそのまま次の地元の会議へ。ご苦労様です。
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