認定NPO法人 ゆめ風基金〒533-0033 大阪市東淀川区東中島1-13-43-106/TEL:06-6324-7702・06-6324-7703
FAX:06-6321-5662/E-Mail yumekaze@nifty.com

阪神・淡路大震災を機に地震などで被災した障害者を支援する団体。全国の障害者運動と永六輔さん、小室等さんをはじめ各界の多数の方々を呼びかけ人とし、自然災害の被災障害者への救援・支援をつづけています。

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2014.06.14 Sat みちのくにょっきりフェスタ in 石巻!!

2014年7月27日(日)、石巻の中瀬公園自由広場(石ノ森萬画館 横)で、
「みちのくにょっきりフェスタ in 石巻」が開かれます! 

「出会い・つながり・感謝」をテーマに、
障がいのある人もない人も一緒に楽しむイベント。

防災グッズの展示や、野菜、石巻焼きそば販売もあります。


みちのくにょっきりフェスタ チラシ表



みちのくにょっきりフェスタ チラシ裏


被災して、いろんな仲間と出会った当事者が、今、こんな素敵なイベントを企画・実行・運営するまでに。

お近くのかた、どうぞ、お誘い合わせの上、ご参加よろしくお願いいたします!!





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2014.03.11 Tue 3.11~ 震災から3年 変わらぬ被災地の中で

東日本大震災から3年が過ぎ、4年目に入りました。

阪神大震災の時は、翌年から住宅が建ち始め、かなりの人たちが自力で再建していたころです。
県や市が建設する復興住宅にしても3年目で96%が完成していました。

ところが、東日本大震災で被災したほとんどの地域は、時が止まったまま何も変わっていないように思います。

岩手県でいえば、釜石や陸前高田では重機が目まぐるしく動いている様子が見られますが、その他のところでは重機もまともに動いていません。




(陸前高田の元の市街地。 かさ上げも何も進んでいない。まるで時が止まったよう)


写真

(岩手県山田町の今。がれきがまだ積み上げられているところも。津波で住宅が流され、家の土台だけが残ったまま。)




がれきの撤去が終わった後は道路づくりこそわずかに進んでいますが、住宅建設が全く進んでいないのです。
3月末までに建つ復興住宅が、計画値のわずか6.7%という数字が復興の遅れを物語っています。
宮古市をはじめ住宅建設の遅れている町では、今年度末で1軒の住宅完成もありません。

また、緊急支援で訪れたボランティアは、次々と撤退し、今は県外から常時応援に来ているボランティアはほとんどいません。ほとんどが地元民を中心とする支援団体に切りかわっていますが、そこに対する支援金がだんだんなくなり、
支援活動が尻すぼみになっているのではと危惧します。

岩手、宮城はそれでも復興途上と言えますが、福島は現在も被災が進行していると言わざるをえません。
昨年末の段階で震災関連死が、震災による直接死を上回ってしまいました。
復興住宅建設もいまだゼロ。
福島では若いヘルパーが他の県へ避難し、ヘルパー派遣がうまく回らず、ヘルパー派遣事業所が大赤字になっているといいます。


仮設住宅は、もともと短期・大量に建てられ、職人不足であったため、天井に隙間があって、その隙間をセロハンテープで埋めているようなありさま。
冬に暖房をすると結露がひどく、床が湿気てカビが大量に発生します。
どの県でも修理や補修の苦情が後を絶たない状態です。
ドアは凍って冬に外出すると戸が開かないなどの苦情もあります。
それでなくても壁は薄く、プライバシーが保てない仮設住宅。
このような仮設住宅に、あと何年居続けなければならないのかと住民の不安は高まっています。


そのような中、財政力のある人たちは、山手や内陸の物件を購入し引っ越していきます。
仮設住宅の高齢化率がどんどん高くなっていきます。
車を持たない高齢者、とりわけ何らかの支援が必要な人たちは満足にバスにも乗れず、移動支援が必要な状態です。
ただ、移動支援も短期的なものに終わるのではなく、高台移転ということで復興住宅に入れても何ら問題が解決に向かうわけではありません。
まちの小さなお店がつぶれて大型の量販店がどんどん進出してきている状況を見れば、移動支援が恒久的な問題になってきたと感じます。

沿岸部はもともと産業が少なく人口流出が続いてきたわけですから、今回の災害で、そのことに拍車がかかったということもまちの再興に大きな影を落としています。


神戸阪神間は、一時、人口が減ってもまた元に戻りましたが、沿岸部では高校を卒業した若者が働く場所がなく、
どんどん街を離れていくのです。

沿岸部のまちで仮設住宅に入れず、内陸の仮設住宅に 入った人たちの半数近くがもう自分の住み慣れた街ではなく、今住んでいる街での定住を求めています。

ただ、こうなってくると山間部の復興住宅建設計画にも影響が出てきます。
意向調査のたびに入居希望者の数が変わり、町として建設計画を確定できなくなるからです。
建設後に空き室が多いと、家賃収入と国からの補助金が減り、市町村の負担が大きくなる問題もでてきます。

ただ、被災者の意向調査を繰り返しても、入居者数と建設戸数を完全に一致させるのはそもそも無理があり、
ある程度の余裕を見込み、建設に踏みだすしかないといえます。


このように、「まちの復興」にはまだまだ課題が数多くあるといえます。



そのような中、ゆめ風基金では、移動送迎支援活動を応援すること、被災地において、障害者の活動拠点を作ろう、
活動を続けようとする拠点を支援すること、また福島への息の長い支援を続けていくことを念頭に被災地支援を行っています。



「本当の復興は、障害者が肩身広く生きていけるまちを作ること」
牧口代表の言葉です。
これを胸に刻んで復興支援を応援していきます。

 

                
2014年3月11日   ゆめ風基金一同


2013.02.05 Tue 被災地障がい者センター石巻スタッフが河北新報に掲載されました

被災地障がい者センターみやぎ(CILたすけっと 自立生活センターin仙台市)より

被災地障がい者センター石巻スタッフが
河北新報に掲載されました
~避難 1人で無理をしない 遠慮せず周りに助けを求める 家族と向き合う~
2013年1月1日 朝刊 河北新報
防災・減災「わがこと」
3・11 家族と向き合う 約束事 心刻む
車いす欠かせない石森さんの場合
避難:1人で無理をしない 遠慮せず周りに助けを求める


2013年1月1日 朝刊 河北新報の記事
被災地障がい者センターみやぎのブログ

2012.09.01 Sat みちのくTRY ゴール!!

みちのくTRY
2012年8月30日 いよいよ最終日、陸前高田市役所に向かってスタート。

みちのくTRYが終りました。
8月19日から連日の猛暑がつづき、体調管理が大変だったと思います。しかしながら、自らの体と行動で無数の魂への追悼と、誰にとっても暮しやすいバリフリーの街づくりに障害者の参加を求め、必要とするひとのために必要とする人がになう福祉制度を、被害の大きかった沿岸部の市民と行政に呼びかけたみちのくTRYは、これからの被災地の再生に大切な提案であるだけでなく、日本の障害者の運動に勇気をもたらす行動であると思います。
 みちのくTRYに参加されたみなさん、そしてみちのくTRYを企画、準備されたすべてのみなさん、ほんとうにご苦労様でした。

みちのくTRY
陸前高田市役所に到着、市長に要望書を提出。

みちのくTRY
ゴール!! 奇跡の一本松の前で記念写真。大きな事故もなく、無事に着くことができて良かったです。
参加されたみなさんお疲れ様でした。ご協力いただいた皆様ありがとうございました。
復興はこれからです。まだまだ応援よろしくお願いします。少しずつ変わっていくと思われます。
何年か後にまた岩手の沿岸部に遊びに来てください。変わった姿を見に来てください。
(被災地障がい者センターいわてのブログより)

 被災地障がい者センターいわてのブログの最新記事で、29日と30日の現地報告が掲載されていますので、こちらもぜひごらんください。
被災地障がい者センターいわてのブログ

また、動画の記録も合わせて転載させていただきます。動画はこれ以外にもUSTREAMにあります。「みちのくTRY」で検索してください。


Video streaming by Ustream

みちのくTRY事務局に寄せられたメッセージを転載させていただきます。


みちのくTRYに参加して

私は、始めてみちのくTRYに参加しました。
参加して、暑い中でボランティアに押してもらい、いろんな人とお話をしました。
このお話の内容は、現在の日本の福祉の事や、お家の事などを話してきました。
いろんなお話の中で、沖縄の自立生活支援センターの女の人との話は、私が思っている気持と同じでした。
暑かったけれど、いろんな人とお話しをできて、楽しいイベントでした。
又、このようなイベントがあったら、参加したいと思っています。
スタッフの皆さんはじめ、ボランティアの皆さん、暑い中、本当にどうも有難うございました。
滝沢村 S

2012.08.30 Thu みちのくTRY現地報告2

みちのくTRY現地報告2
くわしくは被災地障がい者センターいわてのブログをごらんください。

8月23日 4日目
山田町の豊間根 島田鉱泉に泊まり45号まで車で移動後、みんながそろったところで出発しました。
牛小屋を発見!!
写真撮影会です。牛もびっくりしてこちらを見ていました。
この日は元々参加予定だった山田町在住の佐々木るみさんが、急遽家庭の事情で参加できなくなり、家の近くで応援に駆けつけてくれました。
山田町の被災地域を歩き終わり、歩道をテクテク進むと突然階段出現!!
来た道を戻ります。

みちのくTRY

その後歩道がなくなったり現れたり・・・
歩道が現れてもボコッと邪魔なものがあるため、歩道を歩くことができなくて、しばらく車道を歩きました。

みちのくTRY

4日目のゴール!!山田の道の駅
この後宿へ移動!!

8月23日 5日目
山田町コミュニティーセンターを出発
役場のとなりということもあり出発してすぐに山田町に要望書を提出。
この時も佐々木るみさんが参加してくれて、町長さんに要望書を渡しました。
前日のゴール(山田の道の駅)まで移動して再スタートしたました。

みちのくTRY

この日の宿は、大槌波板促進センター
震災後避難所になっていたところでした。
sakie

8月24日 6日目
大槌町波板促進センターからスタート!!
キレイな青空です。
でも歩くのには暑くてしんどいですね。
トンネル越えがある日です。

市長さんに要望書を受け取っていただきました。

釜石駅で交渉中・・・日が暮れてしました。
お腹がすいて宿に戻りお弁当をパクパク・・・
食後少々ピリピリ会議が行われました。
みんな協力して頑張ろう。

みちのくTRY

8月25日 7日目
釜石地域活動支援センターを出発
釜石にはセンターかまいしがあり、そこを通じての参加者もいました。
盛岡で活動しているときからつながりのある方もご兄妹で参加いただいたり、釜石の駅からは家族で参加されたりしました。
お昼休憩・・・釜石平田の仮設の中にあるサポートセンターで休憩してお昼ご飯を食べました。

みちのくTRY

ご飯のあとはアンダーパスのライブです。
振り付けもあったりしてみんなで踊って楽しみましたヽ(・∀・)ノ
内緒の話・・・
お茶の用意で、サポートセンターに残っていた私はサインをいただきました(^-^)。

みちのくTRY

夜は大船渡の吉浜拠点センター
何日か前にいただいた滝沢西瓜でスイカ割り大会!!
吉浜荘在住の方も参加されました。

8月26日 8日目
吉浜拠点センターで美味しい朝食をいただいて出発です。
峠越えがはじまりました。

みちのくTRY

お昼休憩は消防署を借りて一休み・・・
お弁当をいただきました。
坂を下り被災地域に入り『三陸町中央公民館』で休憩
そして地震・津波を想定した避難訓練
『三陸町中央公民館』から高台にある『南区公民館』でした。
みんな緊張感たっぷりで行動されていました。
避難までにかかった時間は11分くらいでした。
この日の宿は、この南区公民館です。
ここでは、センターおおふなとの千葉さんがバーベキューを用意してくださっていて、美味しいホタテやイカやお肉をいただくことが出来ました。

8月27日 9日目
大船渡市南区公民館から大船渡支所へ車で移動して出発!!
峠越えの前で休憩

大きな峠越えや狭いトンネルを抜けるので大忙し・・・
みんなで協力して峠越え
ごめんなさい。自分が歩くので精一杯でお手伝い出来なかったので、声を出してみんなを応援していました。

みちのくTRY


トンネルを抜けて一休み
その先下り坂でUピンカーブ!!
坂が終わるころお昼休憩になりました。
お昼は結婚式場のお部屋をお借りすることができて、汗だくのみんなで中華丼をいただきました。
漬物も付いていておいしかったです。
午後は坂道はなくホームセンターで一度休憩してゴール

みちのくTRY

ゴール!!

8月28日 10日目
もっとこまめに更新したかったのですが、歩いているとできませんでした。ごめんなさい
(支援のため宮古に帰ってきたので書いています。)

大船渡市福祉の里センターを出発しました。
どうやら忘れ物があったようで、先ほどセンターに連絡がありました(^_^;)

8月29日 11日目
私宮古の支援で事務所にいたため報告ができません。ごめんなさい。
北海道から事務所に届きましたトウモロコシを湯がいて杉田さんとトモヨさんが届けてくれましたので、皆さんきっと美味しくいただきました。
ありがとうございます。

みんな頑張っています。
明日はいよいよ陸前高田に入りますよ。

ゴールは近い!頑張ろー

ご協力していただきました皆様ありがとうございます。
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