認定NPO法人 ゆめ風基金〒533-0033 大阪市東淀川区東中島1-13-43-106/TEL:06-6324-7702・06-6324-7703
FAX:06-6321-5662/E-Mail yumekaze@nifty.com

阪神・淡路大震災を機に地震などで被災した障害者を支援する団体。全国の障害者運動と永六輔さん、小室等さんをはじめ各界の多数の方々を呼びかけ人とし、自然災害の被災障害者への救援・支援をつづけています。

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2014.08.19 Tue 飛騨の夏祭り 林英哲さんと小室等さん

飛騨の夏祭り 林英哲・小室等

 8月10日、飛騨高山へ林英哲さんの太鼓を聴きに行きました。正確には了徳寺というお寺で「飛騨の夏祭り」のメインイベントとして開かれたもので、林英哲さんと英哲風雲の会の田代誠さん、辻祐さんの和太鼓演奏と小室等さん、こむろゆいさんのユニットとの共演でした。

 ゆめ風基金が来年の20年記念イベントに和太鼓の林英哲さん、サックスの坂田明さん、そしてゆめ風基金呼びかけ人代表の小室等さん、こむろゆいさんのライブをすることになりました。
 きっかけは2011年7月11日に東京新宿の「スペース・ゼロ」で開かれたスーパーセッション「小室等音楽活動50周年ライブ~復興~」でした。このライブは震災の渦中で小室さんが「音楽をすることの無力感」に襲われ、一時は取りやめようと思われたそうですが、小室さんとかかわりの深いアーティストたちのはげましによって開催されたのでした。
 1960年代から日本の音楽シーンを牽引し、疾走してきた小室等さんの膨大な作品の中から選ばれた名曲を、その場に結集した20人を越えるアーティストが単なるお祝いとしての演奏ではなく、小室さんの根源的な問いかけを自らへの問いとして受け止め、理不尽に奪われたいのちへの鎮魂と、明日へ旅立つ決意を持って演奏されたすばらしいライブでした。
 そのライブで演奏された「老人と海」は林英哲、坂田明、李政美、谷川賢作、吉野弘志、渡嘉敷裕一によるスーパーセッションでしたが、まずは坂田明さんが見事なアドリブを聴かせた後、一瞬静まった後に林英哲さんの太鼓の独奏が入りました。それは見事な演奏で、会場に地響きとともに海が一気に押し寄せるようでした。この演奏を聴いたゆめ風基金代表の牧口一二さんが、林英哲、坂田明お2人にゆめ風基金のライブに出演してもらえないものかと、小室等さんにお願いしていました。
 それから早や3年の月日が流れましたが、来年の8月16日、大阪中之島の中央公会堂での20周年のライブという形で、念願の計画が実現することになりました。
 そんな事情から、いち早く林英哲さんに正式な日程をお知らせし、お礼とお願いを兼ねてこのイベントに参加することになったのでした。

 ところがその一週間前ぐらいから台風11号の進路が日本列島を縦断する気配でした。しかも日が近づくととともにますます「危ない」状況で、イベントが中止にならないかと心配しながら会場のお寺・了徳寺に着いた時はすでに開場が始まっていました。
 土砂降りの中、若いボランティアスタッフがとても丁寧な対応でわたしたちをお寺のお堂にまで案内してくれました。お堂の中はこの天候にかかわらず満員で、続々お客さんがやって来るので、急きょ中堂開放するほどでした。
 このお祭りは永六輔さんの発案ではじまったと、司会をされていた稲本正さん(木製家具で有名なオークヴィレッジ社長)が話されていました。全国各地に散在する様に、ここでも地域の生活文化を育てるひとびとが永さんと出会い、永さんとともにささえ、続けてこられたのがこの「夏祭り」なのでした。
 林英哲さんは1982年に太鼓独奏者として活動を開始、1984年、初の和太鼓ソリストとしてカーネギー・ホールに出演されたのですが、永さんは早くから林英哲さんを応援していて、この夏祭りでも永さんの紹介で出演し、その後も何度も出演されてきたそうです。今年、9年ぶりに「夏祭り」が復活し、林英哲さんの太鼓が久しぶりに飛騨の森に響きわたり、風に溶けるこの日をむかえたのでした。
 いよいよ時間となり、風も雨もますますはげしくなってくる中、林英哲さんと英哲風雲の会の2人が登場しました。

 林英哲さんと英哲の会の田代誠さん、辻祐さんの3人が登場し、最初は小さな太鼓をたたきながらだったと思うのですが、やがて真ん中の大太鼓の前に林英哲さんがたち、たたき始めるとその地響きが御堂の外で激しくなる一方の雨と風にとけて行きました。
 最初にびっくりしてしまうのは、どんなにはげしく叩いてもまたどんなに小さな音を紡ぎ出しても、3人の呼吸もバチさばきも言葉通り一糸乱れないことでした。そして、若い二人はもちろんのこと、60才を越えた林英哲さんの筋肉隆々の後ろ姿をみて、わたしたちには想像もつかない体力の鍛練と、とても厳しい太鼓の訓練を毎日続けられていることがわかりました。
 今回の演奏を聴き、あらためて太鼓のすばらしさを感じ取ることができました。湿気をきらう太鼓にとって最悪な環境であるにもかかわらず、大太鼓の大きな音ですら空気を切る音がクリアで、その前にたたいた音や別の人がたたいた音とが混ざらないまま共鳴するのです。そして、ぴったりと息のあった演奏には100分の1秒もずれがなく、余程の訓練の裏付けがないとこんな演奏はできないと思います。
 林英哲さんが大太鼓の周辺をバチでなでるように、それでいてしっかりとしたリズムで静かに小さく、時にはさするようにして生まれる音は海の波打ち際のようでもあり、また深い森で生まれる音楽の泉の湧き出る音のようでもあり、あるいは木々を揺らし路地を抜ける一陣の風のようでもありました。和太鼓はいくつもの時代の空間を縫い合わせ、人間と自然の遠い記憶の彼方に忘れられていた静かな音たち、いくつもの時代に生まれ、去って行った星の数ほどの愛おしいいのちたち、その無数のいのちたちを励まし、癒し、勇気づけてきた音楽と歌をよみがえらせる祈りの楽器であることを知りました。
 太鼓演奏の2曲の後、小室等さん、こむろゆいさんのユニットが登場しました。この親子ユニットの演奏は最近ますますユニゾンコーラスがとても密になっていて、そのぶんハーモニーが心地よくなります。「心地よさ」といえば、小室さんの歌は「年を重ねること」ですばらしい進化を遂げていて、古くからのファンであるわたしはほんとうにびっくりしてしまいます。
 フォークシンガーとしてもシンガー・ソングライターとしても、今のJポップスへとつながる偉大な道筋を切り開いてきたひとですが、全国どこへでも誰かが望めば出向き、小さなイベントでも大きなイベントでも変わりなく、ギター一本で歌う小室さんは年を重ねることで「心地よさ」を届けてくれるのでした。
 その上に昨今のゆいさんとのユニットではより自然で、またより正直に世の中の哀しいでき事や理不尽な事件、国の暴力への怒りを静かなメロディーに乗せて歌っていて、説得力というのは声高に叫ぶだけではなく、静かな言葉とやさしい決意、時には声にもならない小さな吐息によっても語られ、歌われることでもあると、しみじみ感じます。
 その後、太鼓と小室さんとの共演で「老人と海」、「ヴェトナミーズ・ゴスペル」が歌われました。小室さんの歌心と声の質感は林永哲さんの太鼓と共鳴し、歌や音楽はジャンルや言葉、国境を越えて、人と人とのつながり、人と自然とのコミュニケーションの大切なツールの一つなのだと教えてくれました。
 映画監督の大林宣彦は「映画は風化しないジャーナリズム」と言いましたが、「音楽もまた風化しない希望の物語」であることを、今回のライブは教えてくれたのでした。
 林英哲さん、坂田明さんをむかえ、小室等さん、こむろゆいさんとの夢の共演が1年後に実現することになり、今からドキドキ、ワクワクします。
                                  (文責 事務局員・細谷常彦)

飛騨の夏祭り サイン会
終演後のサイン会にて。左から、林英哲さん、小室等さん、こむろゆいさん。

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2013.10.04 Fri 「ゆめ風であいましょう」のお申込みは10月28日からです。

「ヒデの救援レポート」で、12月14日(土)の「ゆめ風であいましょう」のご案内をいたしましたが、
申し込み開始は10月28日からです。
よろしくお願いします。

2012.05.08 Tue 野崎観音に河内家菊水丸さん、桂文福さん

河内家菊水丸さん

 5月2日から5日まで、大阪府大東市の野崎観音で人権パネル展「3.11東日本大震災「その時障害者に何が起きたか!」が開催されました。この人権パネル展は29回目ということで、今年はゆめ風基金が製作した被災地の障害者支援活動を紹介するパネルを展示することになりました。
 また、毎年参道から境内へと15万人が訪れる「のざきまいり」(5月1日~5月8日)の特設ステージをお借りし、ゆめ風基金を応援するため、3日は河内家菊水丸さん、4日は桂文福さんが駆けつけてくださいました。
 3日は天気が心配でしたが、菊水丸さんのステージは雨が降らず、とても幸運でした。両日とも決して広くはない境内の開いているスペースが埋め尽くされ、大盛況でした。
 お二人がよびかけてくださり、支援金もたくさんいただきました。
 河内家菊水丸さん、桂文福さん、ほんとうにありがとうございました。
 パネル展の方は約2500人のご来場をいただきました。支援グッズも良く売れました。
 大東市市役所のみなさん、大東市人権啓発推進協議会の市民のみなさん、そして場所の提供に限らず、特設ステージの貴重な時間を提供してくださった野崎観音さん、関係者のすべてのみなさん、ほんとうにありがとうございました。
 つづけて、11日には大東市立サーティホールで紙ふうせんさんのコンサートが開かれます。お近くの方はぜひご来場ください。入場無料ですが、入場整理券が必要です。くわしくはご案内していますチラシをご覧ください。

桂文福さん
牧口さん

2011.08.27 Sat 「永六輔さん・小室等さんと話そう会 IN 長町」2

「永六輔さん・小室等さんと話そう会 IN 長町」
小室等さん、こむろゆいさん。後ろの白幕の書はゆめ風基金初代事務局の左右津安輝子さんの書

 ライブは永六輔さんのトークから始まりました。永さんはパーキンソン病になられてからも、それを受け入れながらリハビリをするプロセスをラジオやトークイベントで話してこられました。永さんのお話は悲しい出来事でもおかしさがあふれていたり、理不尽なことへの怒りがかくれていて、その語りにたくさんの人々が笑い、泣き、勇気付けられてきました。
 この日も交通事故にあった時のお話やリハビリの話などを永さんが語り始めると、身を乗り出すようにお客さんが聞き入り、大笑いされていました。手話通訳のひとを本来の役割をこえた共演者として話され、手話を通じてコミュニケーションの楽しさも伝わってきました。
 永さんはこの日の打ち合わせで、日が落ち始めたころから小室さんの歌がはじまるように気配りをされていたのですが、そのとおりの演出であたりが暗くなり始め、照明の光がやわらかく仮設の舞台を包みかけた頃、永さんに呼ばれて小室さんが登場しました。
 
けれども どこかで
おまえは待っていてくれる
きっと おまえは
風の中で待っている
「だれかが風の中で」 作詞:和田夏十 作曲:小室等

 「この歌はテレビドラマ『木枯らし紋次郎』のテーマソングで、作詞は市川昆監督の妻で脚本家の和田夏十さんでした。ずいぶん前の歌ですが3.11以後、この歌詞の意味をかみしめています」。最初に歌った後、小室さんはしみじみと語られました。
 2003年NHK金曜ドラマ「蝉しぐれ」のテーマソングだった「遥かな愛」、「黄昏のビギン」、そして永さんが作詞し、三波春夫の最後の歌となった「明日咲くつぼみに」を歌った後、「三波春夫さんは声を張り上げてきたので、そうじゃないように歌ってほしいと、お手本として小室君のCDを渡したんだよ」と永さんがこの歌のエピソードを話されると、みんな爆笑してしまいました。
 「上を向いて歩こう」と坂本九との思い出を永さんが語り、お客さんも一緒になって歌ったりしながら、楽しい時間はあっと今に過ぎていきました。
 途中から、やはり雨が降ってきました。用意してあったビニールカッパをお客さんに配りました。お客さんは誰ひとり去らず、みんな「ありがとう」とカッパを着ました。
 その風景を後ろから見ていると、涙が出てきました。この仮設住宅に入られている方々は大方が津波で被災された方々で、ここに来られるまでにご家族、お友達をなくされた方もたくさんおられることでしょう。
 実際、後ろで立ってご覧になっている方に座席にご案内しようとすると、「あと少しで行かないといけないので。でも永さんのラジオは何十年も聞いていて、さっき握手してくださって感激です」と言われた後、津波が来た時、非難している後ろから津波が追いかけてきて、もう一分遅かったら命がなかったこと、友達が10人もなくなったことを話してくださいました。
 あらためて、永さんと永さんのラジオ番組のリスナーが、固い絆で結ばれていることと、今回の震災がより強い絆をつくったことを知らされました。
 永さんのお話と小室さんの歌が、それをほんとうに待ち望み、必要とするひとたちに届けられたのでした。そして、その稀有の瞬間に立ち会うことができたことを、永さん、小室さん、そしてお客さんに感謝します。
ライブの後、ゆめ風基金のスタッフが永さんと小室さんにお礼を言うと、「ぼくたちの方がゆめ風基金の活動に助けてもらっているのだよ」と言われたと聞き、その言葉に感謝しながら勇気をいただきました。
 現地での支援活動を毎日粘り強く続けている被災地障がい者センターに敬意を表しつつ、わたしたちは現地の活動を全面的にバックアップし、全国のみなさんに彼女、彼たちの奮闘と、永六輔さん、小室等さんの期待に応えるべく、日々の活動を続けていこうと思います。
 最後に、永六輔さんと小室等さん、ほんとうにありがとうございました。

 翌朝、被災地障害者センターみやぎのすぐそばの喫茶店で、このイベントのことを一生懸命話されているグループがおられました。
 「市民会館や立派なホールよりも、仮設住宅であったあの催しの方が何倍もよかった。感動した。最初に挨拶した車いすの女性のあいさつも、すごくよかった」と、この催しのチラシを大切そうにクリアファイルに挟み、話されている声を聞き、ほんとうにうれしく思いました。

「永六輔さん・小室等さんと話そう会 IN 長町」
小室等さん、永六輔さん、手話通訳の方

「永六輔さん・小室等さんと話そう会 IN 長町」
途中でやはり雨。でもお客さんは一人も席を立ちませんでした。

「永六輔さん・小室等さんと話そう会 IN 長町」
被災地障がい者センターみやぎ(CILたすけっと)にて 打ち上げ
もっとたくさんのボランティアスタッフで運営されました。ありがとうございました。

2011.08.27 Sat 「永六輔さん・小室等さんと話そう会 IN 長町」

「永六輔さん・小室等さんと話そう会 IN 長町」

 8月23日の、仙台市長町のあすと長町仮設住宅交流広場で開催しました「永六輔さん・小室等さんと話そう会 IN 長町」は、降る雨のすきまを縫うような天候の中、150人のご参加をいただき、盛況のうちに終わりました。
 永六輔さんはゆめ風基金の呼びかけ人初代代表として10年間、幅広い人脈とラジオ番組、著作、講演などを通じてゆめ風基金のことを伝えて下さった他、多忙な日程をかいくぐるようにゆめ風基金が開くイベントに出演してくださいました。10年の活動をへて、呼びかけ人代表を小室等さんに託されてからも変わりなく、ゆめ風基金をささえてくださっています。現代表の小室等さんも当初からの呼びかけ人で、永六輔さんと同じくゆめ風基金のライブに出演してくださり、音楽を通して全国各地の障害者の活動を応援し、ゆめ風基金をささえてくださっています。
 8月23日のイベントは、6月5日のとっておきの音楽祭に小室等さんがゲスト出演され、その後に被災障害者センターみやぎに来て下さって仙台の障害者と交流されたことから、永六輔さんを誘ってくださったのでした。
 お二人が来て下さることになり、さて会場は?となった時、被災地障害者センターみやぎのひとびとは近所に建てられた仮設住宅の広場にしようと思いました。それはこの町の市民としてあたりまえに暮らすことから遠ざけられてきた障害者が、それでも町を愛し、困難を共に分かち合い、共に生きていこうとする決意のあらわれでもありました。そこには仮設住宅で仮住まいをする被災市民のひとりひとりの心の傷に寄り添い、たった2時間のイベントの間、少しでも心をひとやすみしてほしいと願う彼女たち、彼たちの切ない願いがこめられていたのでした。
 130ほどある仮設住宅の一軒一軒を訪ね、障害者を中心とする支援活動をつづけながらこの催しがあることを伝えると、「楽しみにしている」という言葉が返ってきたそうです。その声は心のとても深いところから聞こえてきて、仮設住宅のひとびとがこの催しに切実な期待を持ってくださっていることに、心強く思ったといいます。
 
 ゆめ風基金のスタッフ3人と支援者1人で前日から現地に行ったのですが、天気予報は23日も終日雨の予報でした。それでも時々雨がやむ時が比較的長く続くと、「明日もこれぐらいならなんとかなるんだけれど」と、祈るように曇天を見上げました。
 会場の仮設住宅の広場は砂利が敷き詰められ、車イスを利用されている方には動きづらく、また仮設住宅には杖をついたりカートを押して歩く高齢の方が目立ち、これじゃ危ないなと思いました。被災地障がい者センターみやぎのスタッフが打ち合わせの度に「雨は降りません」と言いつづけていましたが、その時点ではほぼ絶望的に天気予報は雨、何の根拠もないような彼の言葉を信じることにしました。

 そして当日、雨は時々止むもののほぼ降り続けでした。今度ばかりはもうだめかと思いましたが、午後になると雨も止み、空も少し明るくなってきました。
 夕方4時、永六輔さん、小室等さん、小室ゆいさん、そして永さんのお孫さんが現地に到着しました。「天気が心配なんですが」とわたしが言うと、小室さんは言いました。「だいじょうぶ、ぼくは晴れ男だから」。
 そして、5時半ちょうど、ライブが始まりました。
                                             つづく
「永六輔さん・小室等さんと話そう会 IN 長町」

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