認定NPO法人 ゆめ風基金〒533-0033 大阪市東淀川区東中島1-13-43-106/TEL:06-6324-7702・06-6324-7703
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阪神・淡路大震災を機に地震などで被災した障害者を支援する団体。全国の障害者運動と永六輔さん、小室等さんをはじめ各界の多数の方々を呼びかけ人とし、自然災害の被災障害者への救援・支援をつづけています。

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2016.06.06 Mon 【熊本地震】ボランティア活動報告~永村夏美さん№4

●6/5(日)日中
益城町ほど報道はされないが同じく被害が深刻な西原村に調査に行く。
昨日花田先生がセンターに紹介してくれた「NGO恊働センターの増島さん」を通して福祉避難所になっている「構造改善センター」に行きたかったが、増島さんの連絡先が分からなかったので西原村の社協と村役場に行く。
役場の職員は「福祉避難所に避難している人も基本的に自分や家族の力で避難してもらっている。
避難所を出た時に自立してもらわないといけないので今まで受けていないサービス(見守りなど)を提供することはない」と話した。
震災以前から困っていること震災以後困っていること、どちらにしても必要な支援は提供すべきなのにそういう観点は全くなさそうで「だめだこりゃ」と思った。
チラシを各避難所に届けていいか聞くとこちらに預けてくれたら避難所の責任者に渡しておくと断られた。
どうしようかと思っているところにセンターから連絡があり増島さんと連絡ができ、構造改善センターに案内して頂ける。

構造改善センターの受付にいる責任者のような男性が快く説明してくれた。
福祉避難所であるが一般避難者もいる。
現在福祉スペースには家族を含め31名の避難者がいる(全体は70名ほど、昨日の増島さん情報)。
看護師や介護協会から派遣された介護士はいるが、福祉スペース避難者は外出が困難なために避難所で同じ人と話すばかりになっている。ボランティアが話し相手になってくれるのは歓迎。
ただし介護福祉に関わることはもう何度も看護師などにも話しているので、困りごとも質問するのではなく日常会話の中から拾うようにして欲しい。今回は増島さんが後でボラセンを通してくれることになったが基本的には避難所に入るにはボラセンを通し腕章をしてもらわないと困るとのことだった。

増島さんが6/7(火)に足湯ボランティアに来るのでセンターからのボランティアもコラボして一緒にやりますか?と提案して頂いた。
センターに持ち帰り東先生に話すと実行する方向になった。
避難所の入り口にはホワイトボードに週間予定表があり、ところどころ「ピアノ」「足湯」「おでかけ」などがあり、いくつかのボランティアレクリエーションが取り入れられていることが分かった。

東先生から「顔を見てきて」と言われたSさん(車いすユーザー・男性)にもお会いできた。
西原村役場に隣接する体育館の駐車場で車中泊をしている。
家族は体育館に避難しているが体育館まで段差があるため自分だけ車中泊になっている。
お話が好きな人で、一般ボランティアと友達になって助けを得たり一緒に銭湯に行ったりご飯を食べたりしている。
避難当初は自分の車で寝泊まりしていたが仲間がツテで仙台から大きな車を用意してくれた。
車を持ってきた人は仙台から30時間かけて車を運転してきて「これシートも自由に外してもらっていいですから」と10分ほどで仙台にトンボ帰りしたという。脱帽!
Sさんのことはセンターのfacebookで動画入りの記事になっているのでぜひ読んでほしい。
センターくまもとのfacebook)

西原村のボラセン訪問。
1週間ほど前に役場前から場所を移転。
被災した大きな工場の広い駐車場に特設している。
地域内全戸訪問したとのこと。
センターのチラシを快く張り出し預かって下さる。

昼食は西原村役場のすぐ目の前の「たんぽぽハウス」でとった。
たんぽぽハウスは障害者就労支援を行っておりセンターからも東先生や八幡さんが何度も訪問している。
地震後たんぽぽハウスにも避難している人がいた。飲食スペースの横に布団が積んであり避難している人が継続的におられるように見受けた。
ごはんがとても美味しくてボランティアは缶詰定食100円、まぐろの漬け丼定食500円など格安で美味しいご飯にありつける。
たんぽぽハウスは避難者にも食事を提供しておられ、地震直後は炊き出しもしていたそう。
高齢男性がウエイターをしており調理場の女性もレジの男性も大忙しだった。
車中泊のSさんも避難所から提供されるホカ弁が受け付けなくなってたんぽぽハウスのご飯を食べることがあると話していた(金曜日のラーメンが1番美味しいとのこと)。
炊き出しで食中毒が出てから炊き出しが出しにくくなっている。
西原村体育館は朝は菓子パン、昼はおにぎり、夜はホカ弁と聞いた。

午後は益城町中央小学校へ。
居心地が良くて評判という避難所を見に行く。
中央小学校は益城町のホームページの避難所一覧には載っていない。
他のメンバーが避難所の受付で話を聞いている間、私は表に立っている「コープ」と「D-Cat」のボランティア男性に話を聞いた。この避難所は立ち上がってすぐにリーダー的存在が出来て、その人が指揮を撮ってうまく運営しているそう。
避難スペースが区画整備されており段ボールポールにシーツがカーテン代わりにかけてあったのもリーダーの発想かもしれない。「障害のある人は見かけませんか」と聞くと小学校がある時間帯に制服をハンガーにかけたままで避難所にいる女の子がいて気になったが今はそういうことはないとのこと。
受付で話したメンバーによると中に車いすユーザー避難者が3名。
センターのチラシを掲示、手に取るようにいくらか置かせて頂く。

6/5(土)夕方
夕飯は、おとといからセンターに遊びに来るようになった精神障害者のYさんとボランティア数名でカレーを作ってみんなに振る舞う。
私が「東先生がいずれ事業所を立ち上げた時のシェフにYさんをどうですか」と言って、第1回の採用テストみたいになった。
Yさんこだわりの隠し味チョコレートも効いて美味しいカレーが大量に出来た。
Yさんが魚を捌いてフィッシュソテーも出来た。
東先生のうまい!も頂き良い食事会になった。
Yさんは普通に会話できるが、人が多かったり慣れない人だとプレッシャーになり会話できない。
そういう時はオリジナルの手話を使われる。
その方が集中して話を聞いてもらえたり自分のペースに合わせてもらいやすいのだと思う。
彼なりの処世術になるほどと思った。
地震後の事を聞くと発生後1週間は水も電気もなくて困ったが水をもらいに行くことはせず水を買っていたそうだ。
配給所などに行けない人たちはそうやってやり過ごすしかない。
Yさんも大変ご苦労をされたと思う。


気づきなど
●熊本市内には学園大の他にも大学があるが学園大以外は避難所開設はなかった。
熊本大には医学部もあるから医療的支援もやろうと思えばできたんじゃないかと話していた。

●先日伺った精神Mさんの壊れた蛇口は関東から来ているボランティアのYさんが工具や物品を買い揃えて直した。
「直った蛇口を見てMさん喜んだんじゃないですか」と尋ねると「なんか唖然としてましたよ」と笑っていた。
Yさんは東北の時も色々なグループで活動しており、私が被災地センターみやぎに行った時も「仮設住宅に調査に行く前に地震や津波の被害状況を見て、目の前の人達がどういう事を経験してきたかを知っていた方がいい」と被災地を案内してくれた。
ボランティアのプロと言えるほどノウハウがあり謙虚で多才。
センターと繋がって以来センターで寝泊まりし、ボランティア活動にも一緒に参加してくれている知的障害者の男性はいつもYさんと行動を共にしている。Yさんが帰ったらどうするんだろうと思うほど心を許しているように見える。

●センターの片付け支援は基本的に一般の片付け支援に繋げる場合は繋ぐ。
しかし私が先日片付けたMさんのお宅は住宅診断で「危険」の赤紙が貼られており社協のボラセンからは派遣されない。
ということは結局そこには片付けボランティアは入れないということだと後から気付いた。
社協ボランティアはリスクマネジメントの観点で縛りが多いことが分かった。
(気づきなど終わり)

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