認定NPO法人 ゆめ風基金〒533-0033 大阪市東淀川区東中島1-13-43-106/TEL:06-6324-7702・06-6324-7703
FAX:06-6321-5662/E-Mail yumekaze@nifty.com

阪神・淡路大震災を機に地震などで被災した障害者を支援する団体。全国の障害者運動と永六輔さん、小室等さんをはじめ各界の多数の方々を呼びかけ人とし、自然災害の被災障害者への救援・支援をつづけています。

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2016.07.03 Sun 【熊本地震】永村夏美さんのボランティア活動報告7/2

今日はくまもと労働センター「おれんじ村」の青空カフェでダンス交流。
当事者、スタッフの方から被災後のお話も聞かせて頂く。


当事者Tさんの被災後のお話はおれんじ村のブログに愛称「ベッカム」さんのお名前でレポートがあります。
(http://d.hatena.ne.jp/with1985/201606)

ちなみになぜベッカムさんかというと顔が二枚目でベッカム似だったそう(過去形?笑)。
今でもイケメン!

地震の後近所の人が助けに来てくれた話、怖くて近くの駐車場に避難した際にそこに避難してきた近所の人が裸足の足を見て靴下をくれたりはんてんをくれたりしたという話を聞いて、「普段からご近所付き合いされてたんですね!」と私が感動すると「いいえ、初めて話した人たちです」とのこと。
ふぅ~ん、熊本の人優しいんですねと言うと「人による」と。
私は近所付き合いがほぼ皆無の独居で重度の身体障害の方の泊まり支援に長年入っていて、地震が来て誰も助けてくれなかったらどうしようと常々思っていたが、ベッカムさんの話を聞くとなんとかなるかぁ~と思えた。
しかしやはり被災地センターくまもとやくまもと労働センターがある地域は日赤病院や身障者センター、昔からある当事者グループなどの存在もあり、ご近所の人がわりに障害者に慣れているという背景もあるとのことだった。
やはり普段から目に映っている存在であることがいざという時に助けてもらえることにつながると思った。



今回くまもと労働センターと交流するきっかけになったのは、箕面に住むNさんが労働センターとお付き合いがあり「日々のストレスを少しの時間でも忘れられるレクリエーションのようなことが求められている」と聞いたことだった。
それならダンスしに行きます!と労働センタースタッフのMさんにコンタクトを取って実現した。
毎日の生活が被災直後より落ち着いているものの日常に戻り切っていないことによるストレスが当事者にも支援者にも蓄積されている。

スタッフMさんも地震の後からGW連休前までは避難所化したおれんじ村に泊まって避難者の支援をしていた。
車椅子ユーザーが3名泊まっており夜勤者は自分1名。
もし地震が来たらどうやって3人を避難させようかと思うと眠れなかった。
ドアは開けっぱなしにしたが泥棒がいるなどの話もあり不安だった。
夜間眠れないので日中パートさんなどが支援に来てくれる間に1時間ほどの仮眠をとる生活を続けた。
避難生活中はみんなでご飯を食べたりしてキャンプのように楽しんでいて疲れは感じなかった。
ところが避難所状態も終わった5月末に体調を崩した。
今思うとハイだったし疲れも溜まっていたと思うがその時は気づかなかった。
非常時の支援者の誰もが経験しうる状況だと思った。


スタッフのMYさんは被災地センターのうらの自室訓練のためのホームにご家族で避難されている。
益城のご自宅は全壊。
2DKの家屋にMYさん、旦那さん、幼い娘ふたりの4名、当事者の方2名の4世帯が共同で避難生活をしている。
益城の仮設住宅に当選し7月から8月に入居予定であるが共同避難生活によるストレスは大人も子供も溜まっている。
お子さんは地震後1か月後におねしょをしたり「地震!」とパニックになって目覚めたりすることが続いた。
小学校で行われているカウンセリングで診てもらうと、3か月くらい様子を見てそれでも状況が改善されなければ考えましょうということだったが今は落ち着いてきている。
避難先の熊本市内から子供たちの通う益城の小学校までの毎日の送迎も大変。
何より子供の心の傷があとになって何かの形で現れないかと心配され、目には涙を浮かべられた。
「あんな小さな体でたくさんのことを抱えて…」とのお話に心が痛む。
「今度もし違うところで震災があったら絶対助けに行こうって旦那と話しているんです。今回こんなに全国の皆さんに助けてもらって。」と被災しているにも関わらず、もう他の誰かの役に立つことを考えておられた。
こういう日本人の助け合い精神は他の外国のどこにも負けないに違いない!と誇りに思う。


今求められていること、おれんじ村の復興に向け必要なことは何ですかと尋ねた。
震災以前はカフェが2つ、クッキー工場、学校などへの販売チームと活動場所が4つあったが現在はすべての人たちが青空カフェ兼工場に集まっており、大人数によるストレスがある。
仕事が減ったことによる収益減少で働く人たちへの給料を半分くらいしか払えていない。
「今はみんな復興応援で商品を買ってくれても、いずれ忘れられていって商品が売れなくなる。販路を広げて継続的に販売していかなくては給料を払っていかれない。」とスタッフMさんは話した。

おれんじ村の商品を買うこと!
これがダイレクトにおれんじ村の人たちを支える。

大阪にも熊本の救援を訴えに来られた当事者の倉田さんについて、「倉田さんはおれんじ村をほったらかしで全国を飛び回っている。ほったらかされてもいい、全国に支援の輪を作ってこれるのは倉田さんだけだから。」と話された。


ベリーダンス交流は楽しかった。
みんなで汗をかいて踊った。
きっとまた来ますと約束し、クッキーを大人買いしておれんじ村の青空カフェをあとにした。
大人買いしたクッキーを自分のフェイスブックで「みんな買ってー!」と呼びかけるとすぐに10数個の予約が入った。
SNSの威力。


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