認定NPO法人 ゆめ風基金〒533-0033 大阪市東淀川区東中島1-13-43-106/TEL:06-6324-7702・06-6324-7703
FAX:06-6321-5662/E-Mail yumekaze@nifty.com

阪神・淡路大震災を機に地震などで被災した障害者を支援する団体。全国の障害者運動と永六輔さん、小室等さんをはじめ各界の多数の方々を呼びかけ人とし、自然災害の被災障害者への救援・支援をつづけています。

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2011.06.08 Wed ヒデの救援レポート5月23日

おわび
河野秀忠氏の「ヒデの救援レポート」をしばらくブログに掲載できませんでした。もうしわけありませんでした。ある読者のご厚意により、過去のレポートを送っていただきました。古い情報ですが貴重な記録ですので掲載します。

==ヒデの救援レポート5月23日18=================

被災障害者支援ゆめ風基金に寄せられた救援金、金額は、5月14日までに、133263061円。5月16日までに、134610457円。5月17日までに、135371157円。5月18日までに、142978015円。5月15月19日までに、144275799円です。
5月14日に行われた、被災障害者救援本部おおさかの統一共同カンパ活動には、11団体、60名が参加。集まった金額は、122853円でした。これまでに支援した団体、個人への金額。このメールは、東北関東大震災被災障害者救援に関する、被災障害者支援ゆめ風基金副代表理事、障害者問題総合誌そよ風のように街に出よう編集長、バクバクの会事務局員でもある河野秀忠が感じた、各方面の被災障害者救援活動のあれこれの個人的レポートです。広く知ってもらいたいので、転送自由。自由にお使いください。
息の長い救援が求められています。長期戦です。救援金の送り先は、郵便振替口座00980-7-40043ゆめ風基金です。;とうほく;と書いてください。

東日本大震災救援活動の中のボクの風景。
ボクが住まいする街は、5月14日に開催された、被災障害者救援大バザーの行われた、大阪北部の箕面市です。山々の緑に囲まれた、静かな住宅の街です。バクバクの会全国事務所もあります。その街にある、人権課題を担う市民組織で、市内のあらゆる住民団体が参加されている、箕面市人権啓発推進協議会という組織があります。ボクが恥ずかしながら、事務局長を努めています。その人権協が28日に定期総会を迎えるのですが、その場で提案される、議案活動の基本的考え方の方向の冒頭部分の抜粋を紹介します。

ガンバレ日本!ガンバレ東北!の居丈高な論調に異を唱えながら。
 2011年3月11日、突然、東日本が大震災に見舞われました。マグネチュド9、0という、観測史上最大の地震であり、その後の大津波の襲来によって、東北、関東地方は、壊滅的な被害を被りました。また津波被害を受けた福島県の原子力発電所6基が壊れ、高い放射能汚染が広がりました。被災地の広範性、被災者の数の多さ、死者、行方不明者が2万人を超えるのではないかと予想される現実の只中に、わたしたちは生きています。
人権の基礎である命が失われたのです。国内外の人びとの被災者支援、救援の輪が広がってはいますが、まだまだ混乱に満ちています。箕面市も被災地であった、16年前にわたしたちが経験した阪神淡路大震災と比較しても、被害のケタが違います。
 あの時には、日本全国、世界から多くの支援を受けました。それをわたしたちは忘れてはいません。今度は、わたしたちが踏ん張る番でしょう。被害の大きさ、放射能汚染の解消、ひとと街の復興には、10年単位の国家的再生計画が求められます。全ての箕面市民も感じているであろう、まさしく国難的状況なのです。本協議会も、全力を上げて救援活動に取り組んでいます。しかしながら、その支援活動は、1回や2回の単発なものであってはなりません。息の長い長期に渡る支援活動でなければなりません。本協議会を構成する個人、団体が力を合わせ、あらゆる市民とつながりながら、人権再生の想いの元、本年度を東日本大震災支援の最初の年と位置づけ、長年に渡る誠実な支援活動を開始し、続けます。
 過日、ゆめ風基金事務所に、43歳になる頑丈そうに見え、ひとの良さそうな人物が、知人に紹介されたからと訪れてきました。そして、ボランティアの経験は無いけれど、身内に精神障害者がいるので、長期にひとの役に立ちたいから、被災地の救援活動団体を紹介して欲しいとのことでした。
これはまぁ、ラッキーと思ったのですが、話しを聞く内に、首をひねってしまいましたね。元は土木作業員をしていたが、手にケガを負って、重労働が出来なくなり、会社をクビになって、現在、失業中。生活保護を申請したけれど、若い頃に、ヤンチャをしていたことを理由に断わられた。現在、大津のアパートで暮らしているが、家賃を払えなくなっている。
 現地に行くのなら、短期はダメ。長期ボランティアを希望する。そのために、今のアパートを引き払うつもりでいる。このボランティアの話しがないと、ホームレスになるしかない。うんぬん。こちらから、行くにしても、交通費がいるし、食事費用も必要ですと話すと、解ったような、解らないような、ヘンな表情を見せたけれど、とにかく、現地の救援活動をしたいので、現地組織と連絡を取って欲しいと、連絡電話番号を書き置き、お帰りになったけれど、その電話がブリペイドカード用なんだなぁ。
 さて、どうしたもんかなぁと、事務所メンバーは、ハテナ印色に染まっております。結局、その翌日に、ボクから電話をかけ、丁寧に、申し出をおことわりしましたが、やっぱり、ハテナでしたね。

 ゆめ風基金事務所の前の道路沿いにある並木の根元に、一本の小さな薔薇の木があります。ご近所の方が植えられたのでしょう。その薔薇の木に、5輪の真っ赤な薔薇の花が咲きました。少し小さめですが、とても綺麗で可憐に、初夏の風に吹かれて、揺れています。
その光景が、被災地のガレキの中で咲いている、名も分からない小さな花の映像に重なって、自然は、猛威もふるうけれども、優しさも届けてくれますねと。

東日本大震災障害者新潟支援センターからの報告からの抜粋です。
 ここまでに至った経過として、3月にゆめ風基金の八幡理事が私たちの事務所に立ち寄ってくださったことが大きなきっかけです。ホテルに避難中の田村市の皆さんとお会いし、その思いを受けとめたいとできることを話し合ってきました。
 一連の支援を通じて感じたことは、今回避難されてきた方達は原発事故による放射能汚染の影響を心配している方が多く、新潟で暮らしたいというよりも地元に戻りたいという当然の願いを持っていらっしゃることから、日々揺れ動く心の葛藤は大きいものがありました。少し落ち着いて田村市に戻られましたが、放射能の影響による不安は続いています。最悪の場合、北陸ルートを通り避難しなければならず、新潟で暮らすというよりもさらに西に避難を余儀なくする可能性もあります。私たち新潟市に住む者もひと事ではありません。
今回は避難施設とマンパワーが大きな課題でした。新潟市内の支援体制として現在の避難所は大型体育館4ケ所中心で、保健師や行政が24時間体制で常駐しておりましたが、介護が必要な方のための環境が不備でした。福祉避難所は老人福祉センター1ケ所のみだったことも、今後の課題だと考えております。
 尚、4月には、福祉避難所には、1世帯のみ避難されている新潟市に避難されてはどうかということを提示しましたが、1ケ所にまとまって避難できる提案を今回できず、自立生活センター新発田が管理してきた一軒家がその条件に合って、その一軒家に4月から移ったのです。
 新発田市内で確保した一軒家は、広くて障害を持った方、ヘルパーなど10人くらいは過ごせると思います。入浴設備やトイレの設備が不便なため、この度ゆめ風基金の支援を受け、南相馬市、田村市の方達のために浴室の改修費用を助成していただきました。避難されてくる場合、住民の確保はもちろんですが、人材の確保も必要でした。避難されてきた方達がヘルパー資格を持っているとは限りません。私たちの団体は昨年重度訪問介護事業の研修実績がありました。本年度も、重度訪問介護事業の研修を何度かして、20時間の研修で重度の障害を持った人を支援できる人材育成の試みをしていきます。
 以上のことを課題として、5月には仙台市のたすけっと、郡山市の救援センターを訪問し、北陸から福島への支援の拠点として、また、避難する際の新潟の役割を話し合っていきたいと思います。ゆめ風基金のご支援を受け、さらに、長期的かつ継続的な支援ができるよう新潟で取り組みます。

ポテトファームの佐野さんからのレポートからの抜粋です。
 放射線検知器の脅威の数値。一分間でガイガー管に飛び込むベータ放射線の個数の通常数値を25カウントとします。滋賀県の平均数値です。南相馬市に入ると100カウントを超え、時折、アラームが鳴りました。アラームは、99にセットしてあります。県道62号線山道にさしかかり、高の倉ダム付近では、計測ごとに、約100カウントずつ増えるという、信じられない現象が起き、一時1000カウントを突破。道として迷ったことに加え、生きて帰れるのかと心細くなりました。
ようやく二本松にたどり着き、100カウント台に数値が下がると、ほっとしました。先日、二本松インター付近で、150カウント台を表示されたとき、恐ろしい思いをしたのに、1000カウントに遭遇すると、100や200カウントでも安心するという、人の心理は複雑です。今回、標高が高く、特定の地域に高濃度の放射線が存在する、いわゆるホットスポットの存在を実感しました。うううううひとりじゃないよ!

信じあい、助けあいながらふくしま支援センターニュースつながりナンバー2被災地障害者支援センターふくしま発行よりの抜粋
 震災から1ケ月以上過ぎましたが、福島県は原子力発電所の事故のこともあり、不安の中生活しております。住民のみなさんは、肉体的な疲れと共に精神的なストレスも徐々に溜まってきています。私たち被災地障害者支援センターふくしまは、現在、福島県内の避難所の障害者の困っていることを聞いて行政や相談支援員に回す段階にきています。今後は、避難所にも入れずに、他のつながりがほとんどない在宅の障害者支援と労力と時間のかかる活動もしていきます。先日、NHKや新聞で支援できるが紹介され、相談の電話も増えてきています。今後も支援の輪をもっと広げて、障害者のみなさんの支援に全力で取り組んでいきたいと思います。
調査累計。障害者支援事業所39ケ所、避難所152ケ所、個別相談対応108件、電話相談22件、4/14まで。避難所からの声自治体では避難所にいるすべての障害者の状況、人数について把握がむずかしく、当支援センターも避難所の障害者の状況とニーズ、困りごとを調査してきました。調査して上がってきた問題点。食事の栄養が偏っている。プライバシーが守られていない。介護用品、薬が足りない。避難所から学校に通うための交通手段がない。入浴ができていない。聴覚、視覚障害者には、情報が入りにくい。トイレが使いづらい。などがありました。ポテトファームの佐野さんが、滋賀県から野菜ジュースとトイレットペーパーの差し入れを持って、支援センターに来て下さいました。全国のみなさんに支えられていることを、改めてスタッフ一同が実感しました。また佐野さんは、当支援センター内の放射線量を測定してくれました郡山市の放射線量が思ったよりも高いと心配されていました。以上!
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