認定NPO法人 ゆめ風基金〒533-0033 大阪市東淀川区東中島1-13-43-106/TEL:06-6324-7702・06-6324-7703
FAX:06-6321-5662/E-Mail yumekaze@nifty.com

阪神・淡路大震災を機に地震などで被災した障害者を支援する団体。全国の障害者運動と永六輔さん、小室等さんをはじめ各界の多数の方々を呼びかけ人とし、自然災害の被災障害者への救援・支援をつづけています。

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2012.02.13 Mon ヒデの救援レポート、2012年2月13日

ヒデの救援レポート、012年2月13日:58

●でも、春は、必ず、人びとの暮らしの庭に訪れるのです!
○記念したくもない、3・11東日本大震災の日まで1年に、1ヶ月の時間を切りました。もう一年なのか、まだ一年なのかの感慨を、みなさんがお持ちになっているだろうことを、hideは、静かに、拝察しております。
 時は人間の都合で切り刻むことができません。ずっと流れ続けるばかりです。その証拠に、hideの小さな家のネコが言葉を理解すれば激怒するでしょう、ネコの額ほどの小さな庭に植えてある桃の木の枝の小さな蕾が三寒四温をくぐり抜けて、ちょっとずつ大きくなっています。
 やはり、時は巡るのです。現在も時の流れにさらされ、橋の下を流れる水の想いでからくもこの一年に何が出来たのかと、うろんと振り返ると、言葉にならない気持ちにとらわれます。様々な被災地の状況情報を勘案しても、 あまりにhideたちの非力が目立ちます。努力だけでは成せないことがあるとは、千も承知しています!
起こったことの巨大さ、結果としての、深く広い悲しみ。原発事故の行方を告げない放射能の計算不能な時間の長さに立ち尽くしてしまいますが、でも、春は必ずやってくる。人間も自然の一部なのだから、時間の流れに従い、倦まずたゆまず生き、被災地の人びとと心を通わせ、ひととして被災した人たちが担っている荷物を分け持つしか方法はありません。そのために、hideは、残った時間を使い切る想いでいます。
 みなさんは、どうでしょうか?ひととしての問いは自分から発しますが、それはまた、自分に返ってくるのです!迫り来る一年を前に、まだか、もうかを問い続けます。これからの一年間、ひたすらにお金をいただき、ひたすらに被災地支援に使わせていただきます。
 被災3県の沿岸部には、10ヶ所の被災障害者支援の拠点が地元の人たちの努力でできました。その拠点運用のために車、家賃、人件費などに、毎月1000万円の費用が必要になっています。
 被災障害者救援本部は、この先、三年間の計画的支援方針を決めました。ゆめ風基金もhideも、うんとこしょと踏ん張ります。たとえ、それが空元気であったとしてもです。hideたちは、ひとの気持ちを裏切らないと約束したのですから。どうか、これからの長い道のりを共にしていただきますよう、改めてお願いします!春の巡りを信じ、一年目を目前にして!
hide拝

 被災障害者支援ゆめ風基金に寄せられた救援金、金額は、2月7日までに、210337493円です。これまでに支援した団体、個人への金額は12月31日現在、東北へ123599050円、台風12号関連、香川県、和歌山県、兵庫県方面2942828円、フィリピン大洪水、10000000円です。
 このメールは、東北関東大震災被災障害者救援に関する、被災障害者支援ゆめ風基金副代表理事、障害者問題総合誌そよ風のように街に出よう編集長、バクバクの会事務局員でもある河野秀忠が感じた、各方面の被災障害者救援活動のあれこれの個人的レポートです。広く知ってもらいたいので、転送自由。自由にお使いください。
 息の長い救援が求められています。長期戦です。救援金の送り先は、郵便振替口座00980-7-40043ゆめ風基金です。;とうほく;と書いてください。

東日本大震災救援活動の中のボクの風景
●hideの畏友のおひとり、京都・花園大学、特任教授、八木晃介さんの私的メディア試行社通信の303号の記事ハレンチなこの国からの抜粋。
●連絡先・TEL&FAX・075-221-2675
●3・11を経験したあとに、野田政権が誕生したこと、本当にこの国の不幸であると思います。本質的に無能であって、かててくわえて、やることなすこと、すべて極端にさもしく、かつ、あさましい。むろん、それを追認している国会も同罪です。
 たとえば、原子力協定。政府がヨルダン、ベトナム、ロシア、韓国とむすんだ協定が国会で承認され、このことによってこの国は原発の輸出が可能になったというのだから、驚きをこえて呆れはてます。さらにインド、南ア、トルコとも協定の締結交渉をすすめているらしい。原発の受注競争でこの国の独占資本が不利にならぬことをめざしたものでしょうが、まさに死の商人を地でゆく暴挙であります。
 そもそも、非核3原則にてらしていえば、原発そのものがこれに違反しているのです。核兵器と原発が完璧に同根のものであることを忘れてはならない。原発が絶対に安全でありえないことを証明したのが3・11であったにもかかわらず、野田は国会でヌケヌケと輸出は・国際的な安全の向上に資すると説明していました。
 事故の原因も収束の方法もわからず、最終的にどれほどの人的・物的被害になるのかもわからぬ原発を平然と他国に輸出しようという心根が理解できない。三菱や日立などの死の商人のご機嫌ばかりをうかがい、被害を受けるだけの自国他国の民衆への眼差しをもたない、そのような野田に代表される政治屋どもをその場においておくことは、倫理的にも道徳的にも決して許されることではないとおもいます。
 私たちは何というはずかしい政府をもっているのか。大手マスコミも同罪です。原発問題に関してはこの間、比較的まともな報道を続けてきた毎日にしてからが、拙速にすぎはしないかと見出しされた社説12月10日付を掲載するのが関の山でした。一応は国内で脱原発依存を進める一方で、海外に危険や不安を輸出することがあってはならないと政府のダブル・スタンダードに釘を刺す議論を提起していましたが、しかし、見出しからもわかるように、社説の主張は拙速でなければ、あたかも原発輸出をしてもよいかのようなものでした。他の新聞やテレビの主張はおしてしるべしです。
後略以上

●東京、新宿にある健康アメニティたのし誌編集部からのお便り
●TEL03-3269-9985
●始めてお便りします。Tと申します。昨年TBSラジオから流れている、永六輔さんの呼びかけに応えました。ゆめ風基金の考え方、行い方に共鳴して支援者となりました。4月から毎月僅かですが、僕の会健康アメニティたのしで集めたお金を送金させて頂いてます。同封しましたたのしにその都度報告しております。今月も近日中に送金させて頂きます。できましたら郵便振込票を少し多めに送って頂けますでしょうか。よろしくお願い申し上げます。突然のお願い、無礼お許し下さい。T

●JDF宮城北部センター管轄地域気仙沼市・南三陸町・登米市支援活動の統計表2011年5月から11月26日
●5月・物資支援、8○送迎通院など、4○勉強支援、1○相談支援、1○安否確認、6
●6月・○物資支援、2○引っ越し支援、1○送迎、9○放課後支援、3○勉強支援、8○相談支援、1○掃除支援、1
●7月・物資支援、2○送迎、19○放課後支援、5○安否確認16○
●8月・○物資支援、4○引っ越し支援、1○送迎、24○放課後支援、3○安否確認、10○余暇支援、3
●9月・○引っ越し支援、4○送迎、21○放課後支援、19
●10月・○物資支援、2○送迎、15○放課後支援、2○相談支援、1
●11月・○引っ越し支援、1○送迎、3○放課後支援、1○相談支援、1○安否確認、1○余暇支援、1
●合計・○物資、18○引っ越し、7○送迎、95○放課後、33○勉強、9○相談、4○安否確
認、33○掃除、1○余暇、4以上

●びっくりしたなぁ!でも、うれしいハプニングでしたね!
 以前にお知らせしましたが、ゆめ風基金呼びかけ人のお一人であった、パントマイム、ひとり語り芸人のマルセ太郎さんの没後11年を偲ぶ会2012・文忌(もんき)が、1月29日、神戸新聞、松方ホールで開催され、ゆめ風基金呼びかけ人権代表の永六輔さん、呼びかけ人代表の小室等さん、オオタスセリさんなどが出演されました。
 ゆめ風基金からも、牧口代表を始め、スタッフが6名参加しました。永さんは、みなさんご存知のように、昨年秋に転ばれ、大腿骨骨折のケガを負われました。それ以後、手術、リハビリ生活、車イス生活を余儀なくされています。それ以来、hideたちが見る永さんの姿は、車イスの上にありました。昨年暮れのゆめ風基金東京イベント・カタログハウスにも参加が危ぶまれていましたが、車イスでの登場をされました。
 実のところ、hideたちはそのような状態で神戸までおいでになれるのかと、心配をしていました。出迎えには、ゆめ風事務局員の南さんが、お母さんの通院の時に使っている、座席がクルリと回る車で新幹線新神戸駅まで行きましたが、やはり、息子さんの押す車イス姿で到着されました。
 ところがです、ご自分の出番では車イス姿でしたが、スセリさん、小室さんのステージが始まると、舞台の袖から歩いてトコトコと登場されたのです。これには場内がざわめいて、感嘆の声が上がりました。hideたちスタッフはハラハラドキドキものでしたが、思いっ切りびっくりしました!でも、とても嬉しい気持ちになれました。イベントの終了間際、これから病院に帰らねばならないからと、息子さんの押す車イスに乗って、また、南さんの車に乗り、新神戸駅に向かわれましたが、次は大阪でボクのコンサートをやろうとの言葉を残されました。ホント、びっくりしたなぁ、もう!(びっくり)ものの、歩き姿でしたね~!
以上
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