認定NPO法人 ゆめ風基金〒533-0033 大阪市東淀川区東中島1-13-43-106/TEL:06-6324-7702・06-6324-7703
FAX:06-6321-5662/E-Mail yumekaze@nifty.com

阪神・淡路大震災を機に地震などで被災した障害者を支援する団体。全国の障害者運動と永六輔さん、小室等さんをはじめ各界の多数の方々を呼びかけ人とし、自然災害の被災障害者への救援・支援をつづけています。

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2012.03.24 Sat ヒデの救援レポート、2012年3月19日

ヒデの救援レポート、2012年3月19日:63

●福岡県の虫の家の機関紙から。
hideの畏友のひとりで、福岡近畿短大の講師をし、虫の家の事務局でもある、高石伸人さんの記事。
虫の家はゆめ風基金ネットで、数年前に呼びかけ人のお一人、作家の山田太一さんをお呼びして、福岡イベントを共催したこともあります。
●虫の家・TEL&FAX・09496-2-6003
●障害児が生まれるから反原発ですか
○昨年の11月、映画チェルノブイリ・ハートを観る機会をいただきました。チェルノブイリ原発事故から16年後の2002年に、放射能汚染地域のベラルーシを取材したマリアン・デレオ監督のドキュメンタリー作品です。
原発事故の影響で、心臓に障害を持って生まれてくる子どものことを現地ではチェルノブイリ・ハートと呼んでいるのだそうです。多くは心房中隔欠損など心臓に穴が開くなどの症状のため手術が必要であるにもかかわらず、手術の順番を待つ子が7千人もいて、間に合わずに亡くなっていると伝えています。
 また、甲状腺がんや水頭症などの重度な知的障害、身体障害を抱える子どもたちの出生率が増加し健常児が生まれる確率が15~20%とされています、事故の前には存在しなかった遺棄乳児院と呼ばれる施設がつくられ、小児用ベッドがすし詰めの小部屋に、まるで物体でも扱うように放り出され、棄てられた子どもたちの空ろに見つめる眸、弓なりの姿が長回しのカメラで執拗に写し出されていきます。
 心房中隔欠損で二度の手術をした子と暮らしている身には、それこそ心臓によくない映像の連続だったのですが、とくにその子らに対する人を人とも思わぬ職員の接し方には、いささか腹立たしい想いが胸にこみ上げきたのでした。
 福島原発の事故以来、この国でも放射線内部被曝の問題が報道され、とりわけ胎児や子どもたちへの影響が語られるなかで、女性たちを中心に多くの普通の人びとが反原発・脱原発の行動に立ちあがっているようです。
そしてそれは、チェルノブイリ原発事故の後にも一定の世論の波を形成し、従って、そこに潜む障害児が生まれるから反原発・脱原発という危うい論理をめぐって、いくらかの議論が巻き起こったことでもありました。
 当時も今日においても、反論する障害当事者の言い分は、たとえば障害者は常に一定の割合で生まれてくる。放射能の恐ろしさは、そのような確率が極端に増えたり減ったりして、生態系のバランスが崩れてしまうことであり、決して障害者が生まれてくることそれ自体ではない。(堤愛子氏)とするもので、自分のカラダが傷つけられるからありのままの生命を否定する原発に反対するという主張です(一方で私のような不幸な子どもが生まれる可能性のある原発は止めて!という声もあります)。
 基本的に私も同感です。ありのままの生命とは自然の生命と解します。その上で、生命の自然性を破壊する可能性のある原発・放射能に反対するという立場は、必然的にチッソが垂れ流したメチル水銀をはじめ、ダイオキシンや電磁波、PCB、アスベスト、DDT等々、科学技術が造り出す化学物質が、ありのままの生命を破壊し続けているという射程までを照らすと考えられます。最首悟さんは多重化学物質相乗微量汚染と表現しています。
 その被害はヒトのみならず、まさに生態系、生きとし生きるものすべてに及びます。それらを作り出しているのは人間、私やあなたという人間の欲望です。もうひとつ、それを踏まえて、水俣の母たちは胎児性水俣病のわが子が生まれた後にも、子どもを産み育て続けたという事実、そのいのちへの無限信頼のような感覚を、私たちはどのように継承するのか、ということも問われている気がするのです。
 いずれにしても、二項対立ではない丁寧な議論を重ねたいと思います。
                                  以上

 被災障害者支援ゆめ風基金に寄せられた救援金、金額は、3月1日までに、216745614円です。これまでに支援した団体、個人への金額は12月31日までに、123599050円です。その他、台風12号被災地に、2942828円。フィリピン洪水被災地に1000000円の支援をしました。
 このメールは、東北関東大震災被災障害者救援に関する、被災障害者支援ゆめ風基金副代表理事、障害者問題総合誌そよ風のように街に出よう編集長、バクバクの会事務局員でもある河野秀忠が感じた、各方面の被災障害者救援活動のあれこれの個人的レポートです。広く知ってもらいたいので、転送自由。自由にお使いください。
 息の長い救援が求められています。長期戦です。救援金の送り先は、郵便振替口座00980-7-40043ゆめ風基金です。;とうほく;と書いてください。

東日本大震災救援活動の中のボクの風景。
●東日本大震災支援まけない!タオルタオルで届けるメッセージ・タオルでつながる心・白い雲のもっと向こう、青い空の真ん中で、ぼくらは同じ方向に向かってつながっている
○このタオルはちょっと短めの50㎝だからね、首にも巻けない、頭にも巻けない、私はまけない!絶対にまけない!ほどけそうになる自分にまけない!どうしてこのサイズなの?だってまけたらだめでしょう…。ごらん、青い空に白い雲。
 深い悲しみと、絶望的な困難ではあるけれど、決して負けないで、絶対に乗り越えて欲しい。そう祈っている人はたくさんいます。その心を一本のタオルに託して届けます。同じ青い空の下で、同じタオルを握りしめて乗り越えて生きます。
○東日本大震災復興支援歌「まけないタオル」作詞・早坂文明・作曲・やなせなな

まけないぞ まけないぞ 首(くび)にも頭(あたま)にも
まけないタオル(たおる) 半端(はんぱ)じゃないぞ
泥(どろ)にまみれて 明日(あした)が見(み)えなくなっても
まけないタオル(たおる)が 拭(ぬぐ)ってくれる
ほら 笑顔(えがお)と一緒(いっしょ)に明日(あした)が来(く)るのさ
まけないぞ まけないぞ 夕陽(ゆうひ)にまけない
紅(あか)い血潮(ちしお)が 流(なが)れている限(かぎ)り
涙(なみだ)で曇(くも)り あなたが見(み)えなくなっても
まけないタオル(たおる)が 拭(ぬぐ)ってくれる
ほら 想(おも)い出(で)探(さが)しあなたを忘(わす)れない
まけないぞ まけないぞ汗(あせ)にもまけない
愛(あい)の息吹(いぶき)が 漲(みなぎ)っている限(かぎ)り
まけないぞ まけないぞ 首(くび)にも頭(あたま)にも
まけないタオル(たおる) 半端(はんぱ)じゃないぞ
うつむかないで みんなで希望(きぼう)の雲(くも)つかむ
まけないタオル(たおる)を 空(そら)に投(なげ)げ上(あ)げて
ほら 拍手(はくしゅ)が響(ひび)く新(あた)しい舞台(ぶたい)に
まけないぞ まけないぞ大樹(たいじゅ)にまけない
根(ね)っこのこころ揺(ゆ)るぎはしないから
まけないぞ まけないぞ 首(くび)にも頭(あたま)にも
まけないタオル(たおる) 半端(はんぱ)じゃないぞ

まけないタオルプロジェクト、郵便振替口座02220-4-86114
加入者名宗教法人松林寺
山形県最上郡最上町大字富沢1826の1・松林寺
支援金千円以上で、タオル1本進呈とのことです。

●元参議院議員で、視覚障害者の堀利和さんが、NPO法人共同連・れざみブックレットから、冊子付録共生社会論その後・一歩前進、振り返って二歩後退・を出版されました。その中からの抜粋
●3月11日午後2時46分のつらさ、私の予想をはるかに超えたあまりのつらさを、私はようやく吐き出す。
がれき・大津波が残してくれた・私たちのがれき・がれき以外のすべてを・無慈悲に奪っていった・大津波・それでも残してくれた・私のがれき・がれきが言う・治の家・勝次の塀・まさみの松・駄菓子やへ続く細い道・私たちに残してくれた・生活のがれき・4月11日・がれきの中で・きのうを感じる・慈悲のがれきが・私たちに語りかける・日に日に・がれきが消える・すべてが平坦で・がらーんとした空間に・カモメがキーキー・大津波が残してくれた・せっかくのがれき・生活の証拠・それまでも・すべて・取り去っていった・復興という名の・無慈悲な未来
●大震災が私に残した3つの心と1つの制度
○目の前で津波に流されていく娘、それを救えなかった母親の自責の念。
エイエルエスの息子を看病していた母親が、息子を置いて逃げられなかった親子愛。
津波がせっかく残してくれた生活の証のがれき、きのうの記憶もその証拠までも、復興という未来が、もう一度被災者を打ちのめす良心。
避難所にはミルクがないので、乳飲み子にミルクを飲ませるため病院に入って、患者でない若い母親が2日間何も食べられない医療制度。

●冊子の申し込みは、共同連東京
○東京都北区中十条1の2の18・北区立障害者福祉センター4F・NPOわくわくかん気付
○ねっこ共働作業所・TEL077-546-2420FAX077-546-3661

●昨年末に、自前のカレンダーを携えて、数日被災地を訪れた、4名の中の女性のFさんの覚え書き風見聞録風手書き日記を2回に分けてお届けします!
●その1
○12月12日・お昼すぎ、仙台、たすけっとに着く。代表のOさんがいる。Oさんがいる。ふたりとも盛大に風邪をひいてる。Oさんがでっかくハナをかんでる。みかんを食べて、また食べてる。緊張するけど、大きな声を出さなきゃ。あいさつをして、私たちの地元、箕面の名物もみじのてんぷらを渡す。石巻に行くのだ。ほんとうに行く。
○石巻・Aさん、Iさん、Mさん。まだまだ若い2人と1人。これから障害当事者という意識を持って、自分たちが行動していこうとしてるトコロ。どうやって他者をまきこんでいくのか、迷いながら動こうとしている。
 Iさんは、人がいいから、押しが弱いのだそうだ。分かるなぁ。私も押しが弱いもの。Iさんの家は、1Mくらい水につかったのだそうだ。それを聞いているAさんが、たった1Mかぁ。とつぶやいた。Aさんは、家を流されたのだそうだ。
 お昼は、コンビニ弁当。豆パンがおいしい。仙台のパンだ。自分たちの自立がまず必要やといってた。そこから見えてくることを制度にしていきたいって。そやなぁ。まず自分たちやなぁ。
○たすけっとに戻って隣のスーパーで、おそうざいを買って、押しかけ飲み会。Kさん、Tさん、Oさん、Oさん。あたりまえのようにつきあってくれる。東北に来て、コーフン気味で、酔っぱらってる言葉を聞いてくれてる、大阪から来ている、ボランティアのKさん、Oさん。Kさんは、私たちの代表のKのファン。アーティストミーってニコニコして言いはる。私たちの団体の情報をインターネットで見てくれてはる。海の暮らしと陸の暮らしが分断されてしまうのか、という私のひとりごとみたいな質問に、KさんとTさんが、とまどい気味でうなずいてくれる。ぽっとやってきた、大阪もんの言葉だ。
続く
以上
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