認定NPO法人 ゆめ風基金〒533-0033 大阪市東淀川区東中島1-13-43-106/TEL:06-6324-7702・06-6324-7703
FAX:06-6321-5662/E-Mail yumekaze@nifty.com

阪神・淡路大震災を機に地震などで被災した障害者を支援する団体。全国の障害者運動と永六輔さん、小室等さんをはじめ各界の多数の方々を呼びかけ人とし、自然災害の被災障害者への救援・支援をつづけています。

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2013.07.13 Sat 会員さんから、被災地訪問レポートを頂きました!その2

ゆめ風基金の会員さん、夏美さんから頂いた「被災地訪問レポート」その2!
ご覧ください!





013/6/30~7/4 東北ツアー (2)南三陸、石巻、仙台


7/2(火) 南三陸


南三陸を訪問。
今回ダンサーのKさんと共に旅行に行った知的障害のRさんが、NPO法人奏海の杜(かなみのもり)のだざいさんの手助けで志津川保育園を訪問された。

Rさんは保育園で保育士として働いている。
グループホームで生活しており、Kさんとは同居仲間である。
折り紙が得意なRさんは、志津川保育園の子供にプレゼントする為に大きな紙袋いっぱいに折り紙のくすだまを持参していた。
Rさんが同行していたTスタッフと一緒に保育園で交流されている間、私とKさんは南三陸の復興仮設商店街「さんさん商店街」を散策した。
お茶でもしましょうかと入ったお茶屋さんのカフェコーナーで休憩していると、私たちの会話を聞いて「私も奈良から来たんです。」と店員さんが話しかけてきた。
とてもきれいな女性で、年齢は30歳前後くらいに見えた。

彼女が話すには、震災2週間後にボランティアに飛び込み、そこで出会った地元の男性と結婚、子供は1歳と数か月になるそうだ。
旦那さんの自宅は津波が到達したものの倒壊には至らず、そこに住み続けているとのこと。

「家を流された人たちは仮設に移り、人が流出している。商店もなく、買い物に行くのに車で30分かけてスーパーに行く。仮設にはイオンの移動販売などが来るが、一般の住宅には来ない。近所の病院も小児科は週二回しか来ず、大学病院から当番の先生が来るので毎回違う医師に診てもらわないといけない。言葉の話せない小さい子供を診てもらうのに毎回違う医師では不安なので、車で1時間2時間かけて小児科のある病院に通う母親も多い。時間もガソリン代もかかり、負担。」と話してくれた。

また、「訪れる観光客の中に、もうすっかり復興したと思っている人も多い。まだまだなのに。」と少し憤りの様子であった。

さんさん商店街でRさんと合流し、その後少しドライブした。
何度もテレビに移された南三陸の防災庁舎は津波の巨大さを物語る。
以下、ネットから引用。

< 南三陸町の津波による死者数は566名、行方不明者数が310名(12月28日現在※おそらく2011年※)にも上った。住民の大多数が「地震の後には津波」との意識が高かった地域でありながらこんなにも多くの犠牲者が出てしまった。防災対策庁舎では繰り返し「高台へ非難してください」と防災無線で呼びかけ続けていたが、まさかその3階建て庁舎屋上を2mも上回るとんでもない津波が襲ってくるとは、高台に避難していた人たちさえ目を疑ったほどだった。> 
*参考:こちら 


赤い鉄骨だけを残す3階建ての建物の前には数体のお地蔵様と多くの花束が供えられていた。
生花はどれも新しく、遺族や近所の人が頻繁にここへ来て手を合わせているのが分かった。


2011年の6月、私は被災地センターみやぎのボランティアとして1か月活動していた。
私は仙台市、名取市担当のグループで、まだ建ったばかりの仮設住宅を訪問し、障害者を探していた。
仮設住宅を訪問する前に、まずはここで何があったか見ておいた方がいいからと東京から来ていたボランティアに町を案内してもらった。

町ごと流された閖上地区を訪れた時、私はほとんど無感情で放心状態になった。
目の前に広がるのは住宅の基礎だけが残る見渡しのいい平地で、ここは町だったと言われても理解し難かった。
当時全国各地から仙台へボランティアへ来た人は皆閖上を見に行った。
涙を流し手を合わせている人を見て、なぜ私は涙ひとつ流せないのか、こんなに冷静でいられる私は冷酷人間なのではないかと思っていた。

しかし、2年たった今、千羽鶴いっぱいの柵、お地蔵様の優しい顔、立てかけられた仏教のお札を見た時、突然「おえっ」という風に悲しさが込み上げた。
2年前の閖上地区は、私にはキャパシティーオーバーだったのかもしれない。

ボランティア中、一番苦痛だったのが仮設住宅訪問だった。
すべてを失った人たちが薄い壁の小さな家に暮らす。
高齢者が多数おり、通院や買い物すらままならない。
そこへ行って「障害のある人を探しています。」と言うのは本当に苦痛だった。

障害とは何か。
その疑問を抱くのは自然に思える。
居住空間は外にほぼむき出しで、壁は薄くプライバシーが無い。
そこへよそ者がずけずけと入っていき、誰もが困っている中である特定の特徴を持つ人間だけを救済するというのは正しいことなのか分からなかった。
今自分が一体何をしているのか分からない。
「泥かき出しボランティアに行きたい」なんて口にしていた。
分かりにくいのだ。
「点が線となるから、今無意味に思えても、必ず繋がるから」と言われると、分かったような分からないような気持ちだった。

すべてを失った人の前にすべてを持っている自分が存在していること自体が苦痛だった。
今思えば一種のサバイバーズギルト(事務局注:「サバイバーズ・ギルト」(Survivor's guilt)は、戦争や災害、事故、事件、虐待などに遭いながら、奇跡的に生還を遂げた人が、周りの人々が亡くなったのに自分が助かったことに対して、しばしば感じる罪悪感のこと。「サバイバー」(survivor)は「生き残り・生存者・遺族」を、「ギルト」(guilt)は「罪悪感」を意味する英語。ウィキペディアより)と言えるかもしれない。
たとえ障害者に出会い、通院を手伝ったり物資を届けても、被災地センターとしてその支援はいつまで続けることができるのか。
仮設住宅に訪問する際、センターのスタッフにレクチャーを受けた。

「私たちの支援は今だけで終わるということはありません。今後も続けていきますと住民の方に伝えることで支援を受け入れてもらえる」と。
しかしその言葉は嘘ではないか。
継続的な支援が必要な人が「もう大丈夫ですから結構です」と言うまで支援を続けることなんて実際にできていないではないか。
自分は嘘をついているのではという気がしていたけれど、実際嘘をついていたのだ。
次もし同じような支援に入ることがあれば、「続けていきます」なんて容易く言うまいと誓う。

「よそ者が一時の哀れみで。」と追い返されても、それが普通ではないか。
いつまで、どこまで支援できるか分からないけれど、とにかく今できることがあります、それをさせて下さいと申し出るべきだったと思う。

当時の被災地センター宮城では関西からのボランティアが多く、関西人は元気でいいですねと現地スタッフに言われたりしていた。
私たちボランティアは、ボランティアらしからぬ不謹慎さで毎夜酒を飲んでいた。
体もしんどいしお金もないのにあれだけ毎日飲んでいたのは、みんなそれぞれに私が抱いていたような苦しさがあったのではないかと今になって思う。

けれど被災者を前にそんな弱音を吐くことはできず、ほとんどハイになって自分を励ましていたのだ。
落ち込まないでいるには、そうするしかなかった。


NPO法人奏海の杜の放課後児童預かりをやっている「にこま~る」はまだ建物がなく、公民館を間借りして運営している。
Kさんと私が訪問した日は小学校低学年の障害児を中心に子供が5~6名いた。
みんな本当に元気で、抱きつかれたり噛みつかれたりの洗礼を受けてへとへとになったが、ベリーダンスタイムはみんな踊って楽しんだ。




「にこま~る」は女性スタッフ3名のみだそうで、男手がなく大変なことも多そうだ。
これから男の子も大きくなっていくことを思うと男性スタッフが必要とされるが、なかなか難しいと被災地センター石巻のMさんから後になって聞いた。



7/3(水)石巻

被災地センター石巻に関わる女の子2名が事務所に来てくれて、ベリーダンスを披露した。
そのうち一人は20歳の女性で地元の障害者NPOの作業所で働いている。
彼女は去年の8月に支援学校の仲間らと大阪に来ており、私は彼女のガイドボランティア担当をした。
コスプレが大好きな彼女を日本橋に連れて行って喜ばせようと意気込んでいたが、結果的に私が彼女に連れまわされた。

好奇心は留まることを知らず、歩きすぎで足が痛み変な歩き方になりながらも歩き続ける彼女についていく私がギブアップ寸前だったが、とても楽しかった。
もう一人の女の子は高校生で、この夏大阪に来る。
韓流が好きだそうで、コリアタウン訪問などを予定しているらしい。
今回も私が彼女を担当し、連れまわされるかもしれないなぁなんて想像している。
二人とも踊り好きで、汗をかいて踊っていた。Kさんも堂々とベリーダンスを披露していた。


センター石巻


続く~
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